第6話 掃除の後は

「ふぅー。疲れました」


湯舟に肩まで浸かった私は大きく息を吐き出した。

罰という名の掃除を終えた後は命の洗濯を――もとい埃や汚れを洗い流すため我が家のお風呂にいた。

そう。我が家にはお風呂があるのです。

里の中でお風呂があるのは、此処と後は領主様のお屋敷だけです。

此処のお風呂は偏に風呂好きだったお婆様が若かりし頃に作ったという。

なんでもお婆様はこのお風呂を造る時に神術の粋を集めたそうで、浴槽に水を張れば適温になるし、こまめに掃除をしなくても良いように神術による自浄作用が働いている。そのため頻繁に掃除をしなくても綺麗に保たれている。

ですがお婆様。

使わせていただいている身で言うのもなんですが、それはたぶん神術の使い方を間違えていると思います……。


「あれだけ心配かけておいて、境内と社殿の掃除で済んだんだから感謝なさい」


ペチンッ。と、私の頭を小突いて鈴奈が隣にその身を沈める。


「ううぅ。でも、私一人だったら明日まで掛かっていたと思います」

「それも含めていづなに感謝なさい。いづなが居なかったらたぶん結界の見回りになっていたわよ?」

「なッ――」


鈴奈の言葉に絶句する私。


――私が絶句した理由を説明するには、まず私達の住む里の説明をする必要があります。

私達の住む里は、深い山間の開けた場所にあり、里の中央を一本の川が流れています。そこを起点に、田畑や住居を造り土地を開拓していったそうです。

そして、領主様のお屋敷は右岸の上流側、私達の住む社は左岸の下流側にあって、それぞれ小高い丘の上に建てられています。

つまり、川を挟んで向かい合うようになっているのです。

はい。ですので、領主様のお屋敷へのお使いとなると里の端と端を往復する事になります。

ちょっとした苦行ですね。


話が逸れたので戻しましょう。

結界とは里の外から来る災いを遮断する役割を持ち、この里全体を覆っています。

結界のおかげで、この里は長い間災禍に見舞われていません。

だから、食べ物に困るということもなく、いづなの様な子供の口減らしというような事件も起きていません。

私の家――上代家は代々この結界を維持管理する役割を担ってきました。

里を覆う結界は、結界基と呼ばれる五つの要石によって生み出されています。

その結界基は、この里の外周五カ所に鎮座していて、社から一番近い結界基は此処から目と鼻の先なので、お散歩感覚で行けます。

ですが、他の結界基は此処から結構な距離があります。

だから、私の場合は、一日一カ所が限界です。

それも、鈴奈というお目付け役が一緒という条件付きで……。

朝、鈴奈が怒っていたのも無理はないですね。私との見回りだと丸々五日潰れますから。


「その節は心配をお掛けしました」


素直に謝る。


「わかればよろしい。でも、本当に無理はしないでよね。と、言っても壱希の事だからいざという時は、私と壱与様の忠告も聞かないのでしょうけど」


そう言って、鈴奈は腕を組んで肩を竦めた。


「それは、時と場合によると言いますかなんと言いますか――」


と、鈴奈の方を見て、私の視線はある一点で釘付けにされた。


「ん? 何よ?」


鈴奈が私の視線に気付いて怪訝な眼差しを向けて来る。

じぃー。明らかにまた育っている気がする。

そういえば、鈴奈と一緒のお風呂も久しぶりかもしれない。

それから、私は自分の胸に手を当ててブクブクと湯に沈んでいったのだった。


「ちょ、ちょっと、そんなに浸かったらのぼせるわよ」


と、鈴奈の呆れたような声が聞こえた。

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