第5話 反省しても後悔せず
境内には芽生えた雑草がそこかしこから顔を出していた。
毎年、雪解け後から暫くの間はこの雑草との戦いが続く。しかし、この量はちょっと例年より多いような。
「あ……」
そこで私は気づいてしまった。
多分、母上は私が目覚めてからやらせるつもりで掃除をしていないのだ。つまり、これは私が眠っていた三日分の成果ということになる。
うう。どうしてもっと早く目覚めなかったの私ぃぃぃッ!?
こればかりは反省する。
とは言え、次はもっと早く回復出来るのかと言うと、そうでもないのだけど……。
「お姉ちゃん。大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫です」
頭を抱えた私を心配してくれたのか、いづなが声を掛けてくれた。
本当にこの子は可愛いですね。
なんだか癒されます。
「では、始めましょうか!」
「うん」
「ああ、でもいづなは病み上がりですから余り無理をしないように」
「それはお姉ちゃんも一緒?」
「いえいえ。こう見えても体は丈夫なのですよ?」
私の言葉に、いづなからは信じられないというような眼差しを向ける。
これは信用されていませんね。
確かに、治癒の代償で三日間眠っていたのだから当たり前なのでしょうけど。とはいえ、治癒の代償でなければ私の身体は頑丈です。
治癒の力が発現するまでの私は本当に体が弱くしばしば寝込んでいた。でも、治癒の力を得てからは日に日に健康になっていき、10歳を過ぎてからは一度も病を患ったことはない。
「大丈夫ですよ。さ、てきぱきと片付けてしまいましょう」
「うん」
そして、雑草と格闘して数時間。
「はぁはぁ……。お、思っていたより早く片付きましたね」
「はぁはぁ……。う、うん」
私といづなはお互い肩で息をしながら抜いた雑草の山を前にして勝ち誇っていた。
それから、残りの境内の掃除を二人で終わらせ、さらに社殿の掃除も頑張った。
そして、なんとか今日中に罰として言い渡された全ての掃除を終わらせることができたのです。
つ、疲れました……。
仕事を終えた私は、いづなと一緒に社殿の階段に腰掛ける。
日中は暖かかった外の空気も、夕暮れ時ともなると冬の冷たさが感じられるようになってくる。
ただ、その冷たさも掃除という重労働によって上昇した体温を冷ますには心地良い温度に感じられる。
私は視線だけを横に移し、いづなを見る。
同世代の里の子と比べても明らかにやせ細った華奢な体つき。
こんな状態でよく里外れまで辿り着けたのだと思ってしまう。
「いづなは……」
「うん?」
「あ……。ええと」
何となく発した言葉に、いづなが返事をすると思っていなかったので言葉に詰まる。
どうしたものか? と、悩む。だけど、このまま何も聞かないままというわけにもいかないのだ。
「いづなは、どうして一人で居たの?」
言葉を選ぶようなことはしない。ただ、事実を確認する。
暫く、沈黙が続いた。
よく見たら、いづなの肩が震えていた。私はそんないづなの手にそっと自分の手を重ねる。
掌を通していづなの震えが伝わってきた。
「大丈夫」
その言葉にいづなが顔をあげる。
目と目が合う。そして、震えるその唇を動かして、いづなは語り始めた。
***
やはり、いづなは里の外から来た。
いづなの住んでいた集落ではここ数年不作が続いていた。
皆、食べるものに困っていたという。
そうして、徐々に蓄えが無くなっていき、弱い者から斃れていった。
いづなの家族も例にもれず、なんとか冬は越せたものの蓄えは底を尽きかけていたそうだ。
そんなある日、父親と一緒に山へ入ったという。そして、父親の手で川へ落された。
必死に泳いで岸まで這い上がったが、かなりの距離を流されたそうで、帰る方向も見失ってしまったという。
だからか、いづなは帰ろうとはせず、食べられそうなものを探して山中を彷徨った。
そもそも帰ったところでいづなを迎え入れる者はいなかっただろう。
それに、いづなは見てしまった。
自身を突き落とす瞬間の恐ろしい父の顔を……。
その光景が何度も浮かび上がって、いづなの中には帰りたいという気持ちが完全に失われていたそうです。
そうして、山中を彷徨う内に左腕を負傷し、そこから毒が入った。
意識は朦朧とし、死の気配に覆われていく中、ただただ漠然と歩いていた時に私と出会ったという。
「そうだったんだ……」
「……うん」
つまるところ、いづなは口減らしに選ばれて、実の親に殺されかけたのです。
頑張ったね。と声を掛けて、私はいづなの頭を撫でる。
「……うん」
いづなが小さく答えた。目尻には微かに涙が浮かんでいる。
うん。よく頑張ったね。
私はいづなを優しく抱きしめる。
胸の中で肩を震わせたいづなから小さな嗚咽が漏れていた。
――なら私はこの選択を後悔しない。
私は言葉に出すことをせずに一人決心した。
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