第2話 男の子を拾う
ボロボロの男の子は一目で里の子ではないとわかった。
この年頃の子供たちなら、みなの顔は覚えている。
そもそも、里の子供たちは里外れには近づかない。大人達に見つかったらきついお仕置きがまっているからね。
親とはぐれたのか。捨てられたのか。どちらにせよ此処に辿り着くまでずっと山の中を彷徨っていたのだろう。
衣服はあちこち破れていて、あらわになった肌には無数の傷。
特に左腕には血の流れた後が濃く残っていた。
虚ろな瞳に光は無く、近くに居る私に気づいた様子もない。
「こんにちは」
私が声を掛けると男の子は歩みを止めた。
その瞳に生気は無かった。歩みを止めたのも突然出現した私という障害物に対して反射的に足を止めたといった感じだった。
さて、どうしましょうか?
男の子を観察しながら思案する。
左腕の傷。毒でも入ったのだろうか傷口の部分は黒く変色し指先も同様に変色していた。
このまま何もしなければ、きっとこの子は死ぬ。
治すことはできる。だけど、それがこの子にとって正しいことなのか。私は判断に迷ってしまった。
今、この子は生きるということを忘れ、ただ動いているだけにしか見えなかったからだ。
体が動いてしまうから歩いていただけで、その実ただ朽ちていくのを待っているだけ。
死への望郷が強すぎて、このまま逝かせてあげたほうがこの子のためなのかもしれない。と、そう思えてしまうほどに死の臭いが纏わりついていた。
だから、私はそれを確かめるために問いかける。
「あなたは、まだ生きたいですか?」
手を伸ばし男の子の頬へ優しく触れる。
「ッ――」
ピクリと男の子の肩が震えたような気がした。
やがて、その瞳に微かな光が宿る。
「――く――なぃ」
「ん?」
「死に――くな――ぃ」
「うん」
「死に、たくない……」
震える声。懸命に絞り出された小さな言葉。
同時に男の子の瞳から一粒の雫がこぼれ落ちた。
瞳に貯まったそれは、すぐに決壊すると、いくつもの涙となってこぼれ落ちていく。
カクン。と、突然男の子の膝が折れた。
きっと、男の子に意志が戻った事で死の際にある身体が限界を迎えたのだろう。
崩れ落ちる男の子を私は優しく抱きとめる。
肩が大きく上下し呼気が荒い、顔には大量の汗、それなのに体温が低い。
「痛……い、や……だよ。たす……け、……て」
「安心して。あなたは死なせないから」
私は男の子を抱きしめる腕に力を籠める。
そして、本日二度目の治癒を行使した。
「もう大丈夫ですよ。――あら?」
男の子は私の腕の中で小さな寝息を立てていた。
左腕の傷と変色は綺麗に消えていて、顔の血色も良くなっている。
うん。ケガが治った事で安心したのだろう。
「流石に此処に置いて――。というわけにはいきませんよね」
微かに差し込む陽の光は既に夕暮れのそれになっていた。
もうじき此処も宵闇に覆われてしまう。ケガが治ったからと言って、こんなところに置き去りというわけにもいかない。
私は男の子を起こさないようにおんぶして、元来た道を引き返す。
「うーん。ぎりぎり間に合うかな?」
そんなことを思案しながら重くなった足取りに活を入れて帰路を急ぐ。
この日、私は男の子を拾ったのだ。
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