第2話:破壊と逃亡

 その言葉が響き渡った瞬間、広場の静けさは凍りついた。村人たちの誰もが息を飲み、動けずにいた。まるで赤い星が全てを見下ろしながら、冷たく笑っているかのようだった。


 カリナは震える手で窓枠を掴んだ。赤い星の光が甲冑に反射し、彼女の瞳を焼き付けた。


(こんなの……暴力だ!)


 喉の奥で声にならない怒りが渦巻き、彼女の胸を締め付ける。それでも、体は動けなかった。彼女の目の前で、テオバルトは無表情のまま剣を軽く振った。光が鋭く飛び、焚火の炎がわずかに揺らめいた。


「これが……これが、力なの……?」


 カリナは小さく呟いた。その言葉には、自分でも気づかないほどの疑問と嫌悪が込められていた。だが、どこかでそれを肯定しなければならない自分も感じていた。力がなければ、村を守ることも、妹を守ることもできない――その現実が、彼女の胸を押し潰していた。


 外から聞こえるざわめきに混じって、誰かのすすり泣く声が微かに響く。カリナは歯を食いしばり、視線を窓から外した。


(私には、何ができる……?)


 その問いが胸の中に残り続けた。




 テオバルトの声が再び響いた。


「焼き払え!」


 その言葉が放たれた瞬間、兵士たちは歓声を上げ、たいまつを掲げて村に雪崩れ込んだ。乾いた茅葺き屋根に火がつくと、瞬く間に炎が広がり、夜空を赤く染めた。家々から逃げ出す村人たちの悲鳴、不気味に響く兵士たちの笑い声――混沌が村全体を飲み込んでいく。


 レオンは鍛冶場に駆け込み、鉄槌と短剣を手に取った。


「時間を稼ぐぞ!」


 彼は村人たちに叫び、兵士の注意を引くため、鍛冶場の外に立った。


「こっちだ、来い!」


 レオンの叫びに応じ、数人の兵士が振り返り、一斉に突進してきた。彼は鉄槌を振り下ろし、一人の兵士の肩甲冑に命中させた。鈍い音と共に、兵士が倒れる。しかし、後ろから次々と兵士が迫ってくる。


「踏みとどまれ!」


 近くの若者たちに叫びながらも、レオンの視線は一瞬、家の中で震えているカリナとミナに向けられた。その瞬間、次の攻撃が襲いかかる。彼は短剣を振り抜きながら、村人たちが少しでも遠くへ逃げられるよう必死に時間を稼いでいた。




 その頃、セレナは家の中で薬草をかき集め、急いで簡易な包帯や薬を作っていた。外の喧騒を聞きながらも、彼女の手は震えない。


「カリナ、これを持ってミナと一緒に逃げなさい」


 セレナは包みを手渡しながら、カリナの目を真っ直ぐに見つめた。


「お母さんはどうするの?」


「私は他の子どもたちを守る。それが私の役目よ」


 セレナは微笑み、震えるミナを抱き寄せた後、再びカリナを見つめて言った。


「必ず生き延びて。それが家族のためよ」


 セレナは微笑みながらカリナの肩に手を置いた。


「必ず生き延びて」


 カリナは涙を堪えながら、ミナの手を握った。


「走るよ、ミナ!振り返らないで!」


 ミナの目には涙が浮かび、震えながら「お姉ちゃん……怖いよ」と呟いた。その声に、カリナは少しだけ足を緩めたが、すぐに強い声で答えた。


「大丈夫だよ、私がいるから!」


 カリナはミナの小さな手を握りしめ、夜空を染める赤い星を背に走り出した。背後では家々が崩れ、炎が次々と燃え広がっていく。吹き付ける熱風と焦げた煙の臭いが、彼女の喉を焼き付けるようだった。


「ミナ!振り返っちゃダメだ!」


 カリナの声は震えていたが、その手は妹の手をしっかりと引いていた。背後で物音が近づき、敵の兵士たちの叫び声が混じる。そのたびに彼女の心臓は凍りつくような恐怖で締め付けられた。


 だが、父と母の祈りが胸の奥で彼女を突き動かしていた。カリナはただ前だけを見据え、必死に足を動かし続けた。背後からはレオンの声が聞こえた気がした。


「必ず逃げろ……!」


 赤い星が輝く夜空を見上げながら、カリナは森の中へと走り続けた。




 燃え上がる村の広場で、レオンは鋭い剣兵フリードと対峙していた。重装甲に身を包んだフリードの冷たい目が、レオンを見据える。


「鍛冶職人ごときが、どこまで持つか見せてもらおう」


 フリードが剣を振り上げる中、レオンは鉄槌を構え、低く息を吐いた。気迫を込めた≪重戦技:鉄壁の構えイロンディブルスタンス≫で周囲に鋼鉄のような防御膜を展開し、その攻撃を受け止める。


「……これが鍛えた腕の力だ!」


 火花を散らしながら、レオンはフリードの剣を受け流し、反撃の隙を狙う。


 フリードの剣が再び振り下ろされ、レオンの防御膜が衝撃で軋む音を立てた。彼は苦痛に顔を歪めながらも、炎のような闘志を見せる。


「次は俺の番だ……!」


 レオンは鉄槌を振りかざしたが、その動作には疲労の色が滲んでいた。全身に痛みが走る中、彼は最後の力を振り絞り、全力で≪重戦技:火炎槌フレイムスマッシャー≫を放った。


 鉄槌が轟音と共に炸裂し、炎の渦がフリードの剣を押し返す。だが、その衝撃でレオン自身も膝をつきそうになり、呼吸が荒く乱れた。


「くそ……これ以上は……!」


 彼の視界が揺らぎ、手元の鉄槌が重く感じられる。それでも、背後の村人を逃がすために再び立ち上がろうとした。だが、その力もやがて限界を迎えた。フリードの剣が突き刺さり、レオンの体は崩れ落ちる。彼は地に膝をつき、血を吐きながら最後の言葉を叫んだ。


「カリナ……妹を守れ……お前ならきっとできる……!」


 その声が燃え上がる村に響き、彼の体は静かに地面に横たわった。




 山道へと急ぐ途中、セレナは追跡してくる兵士たちの足音に気づいた。


「追いつかれる前に何とかしないと……」


 彼女は腰の袋から霧袋を一つ取り出し、追手のいる方向へ振りかぶった。


「これで……少しでも時間を稼げるはず!」


 投げられた霧袋は地面に触れると破裂し、≪薬霧術:眠りの霧スリープミスト≫が発動。

 白い霧が山道を覆い、敵兵たちの足元からじわじわと広がる。視界を奪われた兵士たちは周囲を警戒しながらも、霧に満ちた空気を吸い込むたびに瞼が重くなり、足元がふらつき始めた。一部の者はその場に崩れ落ち、深い眠りに落ちていった。


「今のうちに行くわよ!」


 セレナは振り返ることなく、カリナとミナを先に進ませた。だが、その声には微かな震えが混じっていた。


(どうか間に合って……!)


 背後の兵士たちの足音に耳を澄ませながら、彼女はわずかに唇を噛み締めた。




 その時、兵士の一団が霧を抜け、再び追いかけてくる気配がした。セレナが振り返ると、すぐ近くにまで迫っていた。


「くっ……!」


 彼女が身構えた瞬間、鋭い声が響く。


「ここは俺に任せろ!」


 カイは弓を引き絞りながら、軽く笑ってみせた。


「山道の狩りは得意だからな。夜の敵も例外じゃないさ」


 その軽口とは裏腹に、矢は青白く輝きながら正確に兵士を射抜いていく。


「今夜の狩りは……ちょっと物騒だな」


 冗談めいた言葉にカリナが一瞬驚いたその隙に、カイの矢は既に敵を吹き飛ばしていた。矢に青白い光が宿り、敵を貫く≪弓技:貫通射撃ピアスアロー≫が放たれた。矢は一直線に飛び、先頭の兵士を吹き飛ばす。


「早く行け!」


 カイは弓を構え直しながら叫ぶ。セレナは短く頷き、カリナたちと共に奥へと駆けて行った。




 山道の中腹に差し掛かると、カリナは赤い星に照らされる村を見下ろした。父の言葉と母の冷静な判断、そしてカイの奮闘が胸の中で渦巻く。


「絶対に……私が守る。ミナも、この村も……!」


 彼女の青い瞳には、燃えるような決意が宿っていた。


 カリナはミナの手を強く握り、さらに奥へと進んで行った。その背中には、これから背負う使命と、新たな力を得るための覚悟が刻まれていた。




 燃え上がる村を背に、カリナは妹ミナの手を握り、母セレナと共に山道を駆け上がっていた。父の最後の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


「妹を守れ……お前ならきっとできる」


 あの声は決して消えることなく、カリナの胸を締め付けていた。だが、その言葉の裏には「力だけでは守れない」という矛盾した父の教えもあった。


「どうやって守ればいいの……力だけではダメなら……?」


 小さな声で呟いたその言葉は、風にかき消された。ミナの震える手の感触だけが、カリナを現実に引き戻す。


「ここで少し休むわ」


 セレナが立ち止まり、周囲を確認する。カリナは息を整えながらも、村を振り返った。赤い炎が夜空を染め上げ、村が完全に飲み込まれていくのがわかった。


 その時、カリナの目にエルサン長老の姿が映った。彼は村の中央で佇み、敵の兵士たちを睨みつけている。槍を持つ手は震えていない。


「長老様……!」


 カリナが叫びそうになるのを、セレナが制した。


「彼は私たちが逃げるために囮になっているの。振り返らないで、先に進むのよ」


 セレナの声には涙が滲んでいたが、冷静さを失っていなかった。




 広場の中央、エルサンは槍を握りしめ、静かに目を閉じた。


「この命が、未来に繋がるのなら……」


 赤い星を見上げたその瞬間、彼の槍が一閃し、迫り来る兵士を一人、また一人と倒していく。だが、数の差は圧倒的だった。彼の視線は山道を駆け上がるカリナたちへと向けられた。目には希望が宿り、口元にはかすかな微笑みが浮かんでいた。


「未来を頼む……」


 そう呟いた瞬間、彼は最後の一撃を放ち、槍を突き出したまま静かに倒れた。


 敵が一斉に迫る中、エルサンは槍を突き出し、敵の動きを止めた。その瞬間、彼の体が兵士たちに飲み込まれるように崩れ落ちた。




「カリナ、行きましょう」


 セレナの声に促され、カリナは再び足を動かし始めた。だが、胸の中に渦巻く感情は止めどなく溢れ出していた。


「力って……守るために必要なものなの?」


 彼女の問いは、自分自身に向けたものだった。赤い星の光が頭の中で反響し、父や母の教えが次々と浮かび上がる。


(守るためには、力が必要……でも、力だけではダメだって、父さんはいつも言ってた。)


 カリナは心の中で自問を繰り返した。


 エルサンの姿を思い出し、カリナは静かに問いかけるように呟いた。その言葉は誰にも聞こえなかったが、自分自身に向けた強い疑問だった。


 ミナの小さな手を握り直し、彼女は深く息を吸い込んだ。


「わたしが知る……力の意味を」


 赤い星の下で輝く彼女の瞳には、父やエルさんの思いを受け継ぐ決意が宿っていた。




【後書き】

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

初めての小説投稿ということで、 ドキドキしながら執筆しました。

物語の最初は 「力とは何か」 をテーマに進めましたが、 「知恵」や「調和」 といった要素も絡めながら、今後の展開を描いていきたいと思います。

カリナたちが 運命に立ち向かう姿 をどうぞ見守ってください。

レビューや感想をいただけると執筆の励みになります! どうぞよろしくお願いします!

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