二人の過去

 今いるココから逃げる日が来た。


 今日は警備が緩む生誕祭せいたんさいだ。


 俺は数十億年もの間、嘘をつき続けてきた。


 他人を騙し、周囲を騙し、社会を騙し、自分自身を騙した。


 それこそが、ココから逃げ出すのに必要な事。


 従順であれ。

 疑いを持つな。

 僕であり兵隊である。

 上に従え下への虐げは愛。

 いかなる事も受け入れ喜べ。


 盲目的にそれへ従い、俺も汚れている。

 それでも、俺は唯一の願いを実現させてやろう。


 どれだけ僅かでも、いつわりがバレれば、数十億年後にすら逃げ出すチャンスが来るか解らない。もしかしたら永遠に封じられ、今の日常が繰り返される可能性はとても高いだろう。


 用心深く、遂行する必要がある。


 今の俺なら、少々のことでは負けない。


 でも、集団で囲まれ一気に攻撃されれば、その限りではないだろう。


 今はまだ、そこまで強くなっていない自覚がある。


 奢りは破滅を招く——


 だからこそ、用心深く行動し逃げる。


 今は、とにかく逃げる。

 この場に居続けてはならない。


 逃げ延びた地で、俺はもっと強くなろう。

 護りたいものを護れる力を必ず得てやる。


 天地の決戦は必ず、訪れ避けられない。

 そのきたる日が、いつかは明確ではないが——


 ——俺はその時、地の側につき天に勝つ。


 今はココの最下層を目指し逃げる。

 誰にも見つからないように、バレないように。


 最下層を目指すにあたり。


 癒し部屋が並ぶ廊下が最も危険な場所だろう。


 ここは必ず、誰かしら利用しているからだ。


 虐げる者が必ず部屋を使う。

 虐げられる者が必ず連れ込まれる。


 今はただ、扉が開かない事を願おう。


 今は扉が開き難い時間なのを知っている。


 あと少しで、この廊下の終わり——最下層に大きく近づく。


 その時——


 扉の1つが開いた、開いてしまった。


 中から何が出てくる?


 兵士か?

 それとも哀れな誰かか?


「私も連れて行って!」


 ああ、そうか。


 力を継げる丁年ていねんがやっと、現れた。

 “エル”を冠する身分は、女であってはならない。

 地位を継げる力を持つ者が女しか居なかったあの屈辱。

 それがやっと終わる。


 つい最近、それを耳にした。


 “エル”の身分と力を剥奪し、散らしてやろう。

 さすれば、その身体は生ある限り永遠に女奴めやつこ

 女のくせに“エルを冠する者”だった事を悔いさせてやるのだ。


「私は元クシエル!あなたは……」

「黙れ」


 俺はそいつの手を引いて先へ走る。


「俺はココを去る、お前も協力しろ」

「私もココから出る!」


 開いた扉から追手が出てくる気配はない。

 脱走者が居るという警報もまだ響いてない。


 しかし、それも時間の問題だろう。


 最下層の窓——

 あそこまで逃げ切れれば、ココから逃げられる。


 ガラーン!ガラーン!ガラーン!ガラーン!ガラーン!ガラーン!ガラーン!ガラーン!ガラーン!ガラーン!ガラーン!ガラーン!ガラーン!


 ついに鳴ってしまった。


 俺かこいつか、どちらがバレたのかは解らない。


 しかし、ここから先の危険度は大きく高まった。


 衛兵が出てくるだろう。


「急げ!」


 ここで手を離せば、もっと早く走れるかもしれない。

 しかし、堕ちる時に必要な力はとてつもなく膨大。

 協力したほうが得策なのは間違いない。


「お前たち、ここで何をしている!」


 前方の通路から出てきた衛兵が激しい口調で問う。


 俺はそれを瞬時に消す——


「すごい!」


 そう、言いながら後ろから来た追手を消し炭にしている。


 やはり、こいつもただ者ではない。


 もう、窓は目前にある。


 強固に守られた窓を俺の力で吸い取り——消す。


 後ろからは追手の声がする。


「何をする気だ!」

「そこで止まれ!」

「反逆者になる気か!」


 もう、窓は破られ追手は追いつかない。


 俺はそこで振り返り、そいつらに微笑ほほえみかける。

 手をとっているそいつは、振り向きもせず窓に飛び込む。


 ——外には月が静かに煌々と照っていた——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る