影の境界線 ショートショートであの世この世な異世界話

九条飄人

王の日常 ①建国記念日前

 月光国の王、新月丸蒼至しんげつまるそうし


 建国から12年、これまでに行われた4回の「支持率選挙」全てで9割を超える圧倒的な支持を得た。


 この国は独裁君主制を採用し、王が絶対的な権力を持つ国だ。しかし新月丸は「支持率が過半数を下回れば、王の座を退く」と公言している。


 独裁の仕組みを持ちながら、選挙を実施するという時点で特異な国家だが、それを決めたのは他ならぬ王。


 こうした事情から月光国は、「民主主義的独裁君主制国家」という矛盾した言葉で語られるようになった。


 特に最初の選挙が行われた際、国内外でそう呼ばれ不思議がられたが、新月丸自身はその評価をどこ吹く風と受け流している。


 もっとも、「過半数」という言葉の裏には王なりの配慮がある。実際には支持率が6割を切った場合に退位を考える、と側近たちには伝えられているのだ。


 その背景には、彼が“現世”と呼ばれる異世界をよく知るがゆえの思いがあるのだろう。


 現世の民主主義国家には「民意」とは名ばかりの体制が存在し、国民の支持を得られなくとも権力者が居座り続け、まつりごとが私物化されることも珍しくない。


 結果として国が衰退し、一般国民にだけ、しわ寄せがいく例を見続けている新月丸は、月光国を同じ道には進ませないと固く心に誓っている。


 そして今——


 建国から12年を迎えた記念日がもう間近に控え、特別な節目として国中がにぎわいを見せていた。


 此方こちらの世界では現世とは異なり、三進方で数字を使う。


 だから「3」「6」「9」という数字に特別な意味があり、9周年の際には他国の王や皇帝を招いて盛大に祝った。


 それに比べれば、今年の規模はやや控えめではあるが、それでも街中が浮き足立つほど盛り上がりをみせている。


「今年の祭りは国としてどんなのを用意してるんだっけ?」


 午後の執務室へ、いつものように遅れてやってきた新月丸が、あくび交じりに第一声を発した。


 執務室には側近のクレア、タロウ、その部下を含む計6名がすでに待機しており、いつも遅くに顔をだす王を迎える態勢はとっくに整っている。


自由区域フリーゾーンの沼地原産の果実『ククイオ』を使ったジュースです」


 そう答えたのはクレア。


 建国当初から王を支えている、秘書兼宰相として知られる人物だ。


 自由区域は危険地帯として有名だが、そこにしか生育しない貴重な動植物も数多く存在する。


 しかし、最近は国営の採取事業により、特に『ククイオ』は安定した供給が可能になった果実で、香り豊かで甘い味が人々に人気だ。


 今回はその果汁を用いたジュースを記念祭で販売する予定だという。


「そっか、あれは美味いからな」


 新月丸は満足そうに頷くが、すぐに別の話題に切り替える。


「それで、俺が提案した『投票用紙型メモパッド』はどうなった?」


 この案はクレアやタロウをはじめ、多くの官吏から不評で却下されていた。


「満場一致で却下でした」


 タロウが書類から顔を上げずに淡々と答える。


「残念だなあ……」


 少し拗ねたように新月丸が呟いているが、さほど気にしているわけではない。


 寧ろ、新しいことを企てている。


 新月丸の中では、現世で得た「画伯」の称号を活かし、何か国に貢献したいという思いがあるらしい。


 以前、とあるキャラをモチーフにデザインしたキャラクター「こん太くん」を、月光国のマスコットにするアイデアを持ち込んだが、現世での著作権問題を懸念して却下されている。


 彼方と此方は異世界であるため、月光国のマスコットにしたところで現世の著作権者が気づくことはなく、問題が表立って発生する心配はない。


 それでも、稀に行き来できる者や、現世の記憶を持って此方に転生する者がいるため、念のためメインキャラクターとしての採用は見送られていた。


 そんな状況でも、新月丸はまったくめげるようすがない。


 執務室で自分の机に向かい、熱心に絵を描き続けている姿は、とても楽しそうだ。


 ふと描きかけのイラストを覗いてみると、多くの官吏は「現世の“画伯”って、いったいどんな基準なんだろう?」と首を傾げてしまう。


 けれど、新月丸はそうした反応を気に留めることはない。前向きに楽しく描いている心が伝わってくる。


「前向きでいること」は一国の王としてだけでなく、一人の創作者としても大切な感覚なのだろう。


 今回の建国記念日には間に合わなかったものの、新月丸は月光国のマスコット作りに強く情熱を注いでいる。


 この世界にも現世にもいない完全オリジナルのキャラクターなら、俺の権限で採用を押し通しても問題ないだろう、と密かに考えていた。

(絶対君主制だし、これくらい許されていいよな……)


 ……王としての執務が滞っているように見えるのは、たぶん気のせいである。


 周囲が建国記念日に向けた準備で忙しく動き回る中、新月丸は黙々とイラスト制作に励んだ。


 そしてついに自信作が完成。その名は「カンピョーン」。


 カンピョーンの特徴的なポイントは、腹に巻かれた海苔巻き型の腰巻きだ。


 キーホルダー化する場合は、ここの着脱が可能である。そこを外したのち、ナニがそこにあるのか……ここでは書くまい。


 よく描けているので現世でも売り出す計画を新月丸は立てているようだ。


 その際、海苔巻きが外せる仕様のグッズや、外した後のカンピョーンをデザインした商品も展開したいと考えている。


 けれども、現世では現代ならではの世情や文化的な流れ、倫理観などから、そうしたデザインの実現は少々難しいかもしれない。


 海苔巻きの着脱可能版や“外しちゃった”バージョンの商品化は月光国内の限定販売にとどまりそうだ。


 こうして、時間は着々と過ぎていく。

 建国12周年記念日まで残り2日。


 新月丸はこの間ずっと、カンピョーンのデザインを改良し続けていた。


 ……王としての執務が滞っているように見えるのは、おそらく気のせいである。


 街は華やかな飾りで彩られ、賑わいと高揚感が国全体に広がっていた。


 建国記念日が近づくにつれ、人々の期待も高まり、祭りの雰囲気が街角の至る所で感じられる。


 当日には城の一部が一般公開され、これも多くの人々が楽しみにしているイベントのひとつだ。


 普段は立ち入ることができない城の中を見学できる機会に、老若男女問わず、胸を弾ませている。


 公開エリアでは特設バザーが開かれ、そこでしか手に入らない月光国の専売品が並ぶ予定だ。


 ククイオジュースもこのバザーで販売されることになっており、その準備は官吏たちがすでにほとんど終えている。


 あとは、販売スタッフの最終的な配置を決めるのみとなった。


 祭りは三日三晩にわたって開催されるため、販売員のシフトも組む必要がある。そんな中、新月丸も販売員のひとりとして参加する予定だ。


 王自らが出店に立ち、国民にジュースを手渡す機会は特別なものであり、「運良くその場に居合わせたらラッキーだ」と国民の間でささやかれている。


 月光国建国12周年記念祭の様子がどのような盛り上がりを見せるのか。


 それはまた、後日——

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