第4話 大いなる破局
あれは、遊びのつもりだったんだ。
おれ──音瀬朔夜の人生はいつだって完璧だった。
容姿と家柄に恵まれて、金にもダチにも女にも困ったことがない。
特に女なんて、なにもしなくたって自分から寄ってくる。
正直人生チョロいなって、そう思ってたんだ。
だから、冴えないオタクくんから千佳とかいう彼女を寝取ったときだって、ただの遊びのつもりで、飽きたらいつも通り適当に捨てる予定だった。
──それなのに。
「君のやったことは立派な犯罪だ」
「ちが、違う! 同意は得たんです!」
「あのねえ、君法律わかってる? 十六歳未満の女の子に手を出したら、犯罪なんだよ。余罪もまだあるんだろ? 全部吐いちゃいなよ」
強面の警官が、狭い取調室の中で呆れたような溜息をつく。
女とのお楽しみを録画していた映像がどこかから流出して、千佳だけじゃなく、何人もの女に手を出していたことがバレて。
おれは、こんなところに押し込められていたのだ。
「む、向こうから寄ってきたんだ! おれは悪くない!」
「だとしても手を出したのは君だ」
「ち、畜生! 誰だよ、誰がばら撒いたんだよ!? あいつか? 千佳のやつがやったのか!?」
「ここまできても他人のせいにできるなんて、呆れ果てた根性してるねえ。どちらにせよ、君は十八歳で立派な成人だ。罪は償ってもらうよ」
「そ、そんな……」
おれの人生は、完璧だったはずなのに。
これからは、性犯罪者の烙印を押されて生きていかなきゃならない。
ただ一度の火遊びが延焼して、それが幼稚な幻想だったことを、おれは否応なくわからされた。
いつもなら助けてくれるダチも先輩も後輩も、家族にさえも見捨てられて、おれはどう生きていけばいいっていうんだ。
◇
「──だからね、あたしたち、やり直せないかなって」
千佳と別れてから二ヶ月が経った。
俺はあのあと、なし崩し的に井上さんと付き合うことになって、その優しさに溺れるかのように仲を深めていった。
その井上さんは、俺の隣で、今更引き攣った笑顔を浮かべて寝言を宣っていた千佳に嫌悪の眼差しを向けている。
「ねえ、けーた。あたしたちカレカノでしょ? だからさ、やり直そうよ。あたし、全部音瀬先輩に騙されてたの、だからお金が必要で」
「見下げ果てた女ですね、貴女は」
「なっ──あんたは関係ないでしょ! これはあたしとけーたの問題で!」
なんで金が必要なのかは察しがついた。
千佳が自ら、事の顛末を自ら細かく語ってくれたからだ。
どこからかバレた悪事の対価として音瀬先輩は逮捕されて、そして今、千佳は。
「ねえお願い、ほんの十万円ちょっとでいいの。けーた、やり直そ? ね?」
「──二度と関わるなって言ったのは、お前の方だろ」
自分でも驚くくらい底冷えのする声が出る。
おれに恥も外聞もなく金の無心をする女と、かつて付き合っていた千佳が同一人物だなんて、好きだったからこそ思いたくなかった。
俺の中から千佳に対して、これほどの嫌悪が出てくる時点でもう、答えは決まっているようなものだ。
「あ、あれは言葉のあやで!」
「もう遅いんだ。俺たちは……とっくに終わってるんだよ」
「そういうことです。自分の言ったこととやったことの責任ぐらい、自分でとってください。行きましょう、圭太さん」
「ま、待ってけーた! お願い! あたし──!」
「……」
膝から崩れ落ちる千佳に背を向けて、腐り落ちて枯れ落ちた初恋に踵を返して、俺たちは歩き出した。
千佳たちに訪れた大いなる破局も、もう全ては他人事だから。
間違いなく、初恋だった。だけど、それを取り戻すには、もう遅かったんだ。
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