第2話 銀灰色の新参者(ニューカマー) その2


「ごめん……」



月美つきみ 小次郎こじろう】は、美少年である。


 中学生ながら大人と見紛うほどスラリと伸びた長身。母親譲りの鋭い切れ長の瞳。端正な甘いマスクを持ちながら、硬派で思慮深い。


 成績優秀。運動神経抜群。教師からの信頼も厚く、その上、掃除、洗濯、炊事も上手い。


 完璧美少年の小次郎に、学校の女子生徒は漏れなく恋をする……が。



「ごめん……。俺、今は恋愛に現を抜かせないんだ……」



 今日も小次郎は、校舎裏で、愛の告白を敢行してきた同学年の女子生徒を、玉砕させた……。



「……そっか、残念」



 そう言って、女子生徒は目尻に涙を溜めながら笑う。


 彼女は学園一のマドンナと呼ばれている、美少女だ。



「小次郎君、いつも部活も勉強も頑張ってるから……きっと大切な夢があるんだね……」

「ああ……そうなんだ。本当にごめん」

「もう謝っちゃ駄目だって……。こんなに真面目に向き合ってくれただけでも……告白した甲斐があったよ……。ありがとう……」



 そして、女子生徒は手の甲でこぼれた涙を拭いながら、



「じゃ……またね……」

「うん……」



 小次郎に背を向けて、走り去っていった。



「…………」



 小次郎を罪悪感が襲う。


 女子を泣かすなんて、クズの所業だと自覚している。


 それでも、致し方がないのだ。


 小次郎には、使命がある。


 小次郎には、大切な人がいる。





 そして、その人は今……夢を叶える為に戦っているのだ。



 だから、小次郎も恋愛に現を抜かす訳にはいかない。



 これは、小次郎なりの願掛けだ。




 ※※※※




 一時間後、小次郎は会津若松駅前にあるカフェの門下にいた。


 ドアには店長お勧めのコーヒー、ドリンク、パスタやサンドイッチのPOP広告の他に、『ブリッツ・ヴァルキリー配信中!』のポスターが張ってある。



「…………」



 深呼吸を二度三度繰り返し、小次郎はカフェのドアノブに手を掛け――



 !!!!!!!!!!



 店内に入った途端、鋭いスキール音と人々の歓声が、小次郎の鼓膜を奮わせた。



「……!」



 小次郎の心臓が高揚に跳ねる。


 店内の彼方此方に設置されている大画面液晶テレビに、銀灰色のマシンが煙を巻き上げ、山肌のヘアピンコーナーを華麗に滑り抜けていく様が映っていた。


 小次郎は、テレビに映る車を、よく知っている。


 何故ならば……。


 あの車は、小次郎の家が所有する車だからだ。


 そして、あの車を運転する人こそが……あのヴァルキリーこそが……小次郎の……。



「流石ホンダのNSX!日産のGT-Rと並ぶ純国産陸上戦闘機ッ!!」

「凄ェ高速ドリフトだ!!」

「あれが新参者ニューカマーの走りなのォ!?」

「今期のレースどうなっちまうんだ!?」



 店の客たちが興奮し、口々に叫ぶ。皆、NSXの駆動に、目を奪われている。魅了されている!



『福島ブロックゼッケン50、ホンダNSXタイプS!ヴァルキリーは初参戦月美 紗々18歳!ただいま第2セクションを通過しました!この時点で暫定1位の志奈村 しのぶと、僅か1.2秒のビハインド!』



 早口気味の実況解説に、客たちは一層甲高い歓声をあげる。


 小次郎の、張り詰めていた表情筋が、一気に緩んだ。


 まるで、自分が褒められた気分になって、有頂天だ。



「コジロー、おいコジロー」



 ふと、呼ばれて、小次郎は慌て我に返る。


 カウンター内から、エプロン姿の中年男性が手招きしていた。


 小次郎は速歩気味で、男の真ん前のカウンター席に座った。



「何か食ってけ。金は夜子おふくろにツケとくから」

「じゃあ……カルボナーラください。おじ……店長、盛況ですね」

「全くヴァルキリー様々だぜ」



 小次郎に店長と呼ばれた男――このスポーツ・カフェ【ストライク・オン】の店長、【たちばな 龍一りゅういち】は、オールバックの頭髪を撫でながらテレビ画面を感慨深げに見る。


 NSXは、激走し続ける。



『月美 紗々、第3セクション通過!これまで10名が途中棄権、3名がクラッシュしたワインディングロードを難なくクリア!』



 森の中の曲がりくねった道を突破し、高原を一直線に貫く下り坂ダウンヒルを、土埃渦巻くつむじ風を置き去りにして、銀灰のNSXは美しく、強く、駆け抜けていく!


 バシッ!NSXのシャーシと路面が接触ボトミングして火花が散った!



「やっと夢を叶えたんだなぁ。お前の姉ちゃんは……」



 しみじみと呟く龍一に――



「違います。始まるんです……」



 小次郎は、静かに、そして確と宣う。



「今から始まるんですよ。紗々義姉ねーちゃんの夢が……!」




 ※※※※




『紗々!?ペースが早い!充分決勝合格ラインだ!それ以上の加速はリスキー過ぎる!!』

「ごめんなさいママ!やっぱり無理でした!止められません!」

『止められない!?タイプSのエンジントラブルか!?ブレーキの故障か!?トラクションは……』

NSXこの子は至って順調です!止められないのは……私――!」



 紗々は満面の笑みで、アクセルペダルを更に踏み込む!


 田園を突っ切る直線道路上を、NSXは更に、更に加速する!


 その時速、三〇〇キロメートルまで到達!


 背中を叩くエンジンの限界振動、身体を蝕む加速G、すっかりグリップ力を失ってしまったタイヤの感触。


 気を抜けばスピン、クラッシュしてしまいそうなスリルが、穢れを知らない紗々を堪らなく興奮させる。


 白い肌に汗を滲ませ、美しい銀灰の長髪を振り乱し、紗々は前のめりに、激しく振動するステアリングを握り締める!


 楽しい……楽しい!



「これが……お姉ちゃんが見た……スピードの世界――!!」



 エキゾースト音が木霊する。


 空も、山も、何もかもがスピードに輪郭を描き消されて、輝いて見える――!



 ――お姉ちゃん……にいるの……!?




 そしてNSX紗々は……。


 衝撃波ソニックブームを引き連れて、ゴールゲートへ飛び込んだ――!




『ゼッケン50月美 紗々!たった今ゴールイン!暫定1位志奈村 しのぶと……わずか0.3秒!0.3秒のビハインド!月美 紗々!予選タイムアタック2日目、暫定2位でゴールインッッ!!』





 続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る