第13話 重圧
『東二局 1本場 親:額に傷がある男』
額に傷がある男の親は連荘を続け、卓上の空気は徐々に重苦しいものになっていた。
張も短髪の男も眼鏡の男も、彼の無駄のない打ち筋に圧倒され、何かを仕掛けるタイミングを完全に見失っていた。
配牌が配られる。
張の手元には一索から九索までのバランスの取れた配牌。一気通貫や平和を狙えそうな形だったが、それもこれも問題は親の動きだ。
短髪の男は舌打ちしながら牌を見つめ、眼鏡の男はやや眉をひそめている。
最初のツモ番から数巡が過ぎる。
卓上は異様な静けさに包まれていた。
額に傷がある男はまたしても無言で牌を切り続け、その捨て牌には目立った特徴がない。
しかし、ただの安牌切りではないことは明らかだ。
張は慎重に手を進めながら、親の手を読むことに集中する。
「…あまりにも情報を落とさなさすぎる」
河にも彼の意図がほとんど現れない。
これでは防御も攻撃も的を絞ることができない。
卓上には牌を打牌する音しか聞こえなくなっていた。
また何も起こらずに数巡が過ぎる。
張の手は二向聴まで進んでいた。
このまま進めば、満貫が見える形だ。
張は淡々と不要牌を切る。
その途端、場が徐々に静寂を失い、動き始めてくる。
張が三索を切った瞬間、眼鏡の男が声を上げた。
「チー」
眼鏡の男が仕掛けて流れを変えようとする。
彼は傷の男の蓮荘を止めたいのだろう。
河からもそれは見て取れる。
だが、額に傷がある男は相変わらず何も言わず、何も示さないまま淡々と牌を切り続けている。
その冷静さに、張は一種の恐怖を覚えた。
河が中盤に差し掛かる。
『一気通貫 一向聴』
張の手は和了が見えるすぐそこまで迫っていた。
卓上の緊張はさらに高まる。
短髪の男が捨てた二索に張は一瞬反応しかけたが、親が目線を少しだけ動かしたのを見逃さなかった。
ここで鳴いたら、おそらくあいつの思う壺だろう。
張は冷静にその牌を見送り、安全牌を切る。
一方、眼鏡の男はさらに攻めを強めていた。
河には中張牌が並び、聴牌をしていてもおかしくない。
短髪の男は渋々と安全策に回り始めた。
そして、親のツモ番がやってきた。
ここで、卓上に大きな動きが見え始める。
「リーチ」
七索が親の河に置かれる。
額に傷がある男の低く落ち着いた声が響き渡る。
その声と共に卓全体の空気がさらに重くなる。
こいつの立直はただの立直じゃない。
それはさっきの一局で確信していた。
だからこそ、ここで動きを見せる必要がある。
「……!」
張も短髪の男も眼鏡の男も動きを止め、一瞬息を飲む。
親の宣言が卓上を支配していく。
だが、張はそれに屈しなかった。
「チー」
張は親の宣言牌を鳴いた。
これで一発が消え、ツモもずれたはずだ。
だが、親が不審な動きを見せる。
額に傷がある男がじっと張を見つめた。
「ふっ…」
一瞬だったが、張は見逃さなかった。
無表情のままだが、その視線の中には微かな笑顔が隠れていた。
『まさか…?』
これ以上何もできないと悟った張は、この一局の行く末を静かに見守ることにした。
他の二人は慎重に安全牌を切る。
そうして、親のツモ番がやってきた。
額に傷がある男が静かに牌を取る。
その手の動きには微塵の迷いもなかった。
「ツモ」
静かな声と共に彼が置いた牌が場を震わせた。
『立直 ツモ 混一色 赤ドラ』
裏ドラを捲ったが、今回は乗らなかった。
だが、いずれにしても高い親満。
卓上は沈黙に包まれる。
誰も額に傷がある男の親番を止めることができないまま、局が終了した。
張はその冷静さと強さに圧倒されつつも、次の局こそ流れを断ち切ると心に誓った。
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