第12話 無音の圧
『東二局 0本場 親:額に傷がある男』
短髪の男の親を流し、次の親番になる。
こいつは今まで何も発言をしていない。
卓上での争いにも参加しなかった。
さっきの一局で、眼鏡と短髪の男の打ち筋は大体分かった。
だが、こいつはなんの情報も落とさなかった。
今、一番注意するべきはこいつだろう。
張は静かに手牌を整えながら、親の動きを観察する。
だが、あまりにも静かすぎる。
山積みや賽振りでも最小限の音しか出さない。
これまでの局でも、この男はほとんど何も発言せず、無駄な動きも一切しなかった。
短髪の男や眼鏡の男が牌の動きや発言で通しの可能性があるのに対し、この男はまるで「無」を貫いているかのようだった。
張は卓上の空気を読みながら手元の牌を眺める。
配牌はそこそこの形。
七対子狙いが見えるが、まだ確定的ではない。
ツモ番が来るまで、相手の動きをじっと観察する。
額に傷がある男の最初のツモと捨て牌は、特に特徴のないものだった。
「こつっ」
牌が置かれる音が静寂を破る。
「・・・」
やはり何も発言はない。
ある程度麻雀を打っていると自然と自分の流派に従って打つことになる。
だが、この男からは何も見えてこない。
張は注意深く、次のツモを待つ。
数巡後、卓上に動きが見え始める。
「立直」
静寂だった卓上に一気に緊張が走る。
眼鏡の男が立直をかけた。
まだ数巡しか経っていない。
「早いな…」
短髪の男がそう漏らす。
確かにかなり早い。
まるでイカサマを使ったような速さだ。
額に傷がある男は相変わらず何も言わないまま、淡々と眼鏡の男の河を見続けている。
張は眼鏡の男のリーチに内心で驚きながらも冷静さを保ち、自分のツモ番を待った。
この局は額に傷がある男の親だ。
親がどう反応するかで流れが決まる。
短髪の男は慎重に安全牌を切り、場の空気が少しずつ張り詰めていく。
一方で、額に傷がある男は静かなままだった。
何も言わず、何も表情を動かさず、淡々とツモをして牌を切るだけ。
その一連の動きは異様なほど滑らかで、無駄が一切なかった。
まるで機械のようだ。
河が二列目の中盤に差し掛かった頃。
張は『七対子、一向聴』の状態に到達していた。
このままリーチをかけても悪くはない。
だが、親の動きが読めない以上、ここで無理に動くべきではない。
眼鏡の男のリーチ後も特に和了の気配がなく、場の緊張感が次第に高まる。
そして、額に傷がある男がツモ番を迎えた瞬間、彼が初めて声を発した。
「リーチ」
低く落ち着いた声での宣言だったが、その瞬間、卓上の空気が一変した。
まるでその声に含まれる圧が卓全体を包み込んだかのようだった。
短髪の男が眉をひそめる。
「チッ…このタイミングでかよ」
張もそのリーチにただならぬものを感じた。
完璧な間合いだ。
これまで何も情報を出さなかった理由がようやくわかったような気がした。
額に傷がある男のリーチ後、初のツモ番がやってきた。
眼鏡の男の表情には焦りが浮かび始めていた。
そのとき、静寂を破るように額に傷がある男が淡々と口を開いた。
「ツモ」
静かな声と共に彼が手元に置いた牌は、洗礼されており無駄がない完璧な手だった。
『立直 一発 ツモ 断么九 三色同順』
そうして裏ドラを捲る。
一枚乗っていた。
「跳満。6000通し」
卓上の誰もが黙り込む中、彼は冷静に得点を計算し、点棒を受け取った。
「…」
点数を受け取ってもなお、喋ることはない。
淡々と次局の準備を始める男に、短髪の男も眼鏡の男も一瞬戸惑いの表情を見せる。
張は彼のプレイスタイルに得体の知れないものを感じつつ、次局に備える。
張は、長年の感でこれが偶然ではないことが分かっていた。
こいつはただの玄人ではない。
何か底知れぬ力がある。
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