第8話 賽が投げられた

二人は影淡荘の前まで来た。

扉が大きく見える。

「行くぞ…」

 友希のその呼びかけに小さく頷く。

「ガチャン…」

 友希が扉を開く。

中は小さな光が灯っている以外には空いている麻雀卓が並んでいた。

「友希さん。やっと来たか」

 人は見えないがどこからか友希を呼びかける声が聞こえてくる。

周りを見ていると、右にある扉から誰かが出てきた。

 髪は金に染まっており、所謂マッシュルームカットと言われるものだ。

あまり見ない髪型だから、見慣れない。

天乖てんかい、久しぶりだな」

友希がその男にそう呼びかける。

どうやら二人は知り合いなようだ。

「ほう…」

 その男は張の方を見た。

「この方が、『札幌の鬼才』またの名を『最強の玄人』か…」

その声には挑発とも取れる感嘆が込められていた。

「自己紹介がまだだったな」

「影淡荘の創設者であり、天鬼杯の主催者」

天乖てんかい  緋織ひおりだ」

そう言うと、天乖は手を差し出してきた。

だが、張はその手を無視する。

「連れないねえ…」

 

「ま、とりあえずいいや」

 天乖は手を下げる。

「張さんは、天鬼杯に出場するために来たんだよね?」

 声色の中には歓迎の意思もあったとは思うが、それ以上に挑戦的な意味も込められているような気がした。

「ああ」

 張はそう答える。

「覚悟は見て取れる。だが、簡単に出場権を渡すわけにもいかないのでな」

 どうやら条件があるらしい。

「明日の午後イチ、またここに来てほしい」

「泊まれるような場所も用意してある。ついてきてくれ」

 そう言って天乖についていくことにした。


「で、友希さんはなんで張さんを“あれ“に出そうと思ったんだ?」

 伏籠街を歩きながら天乖がそう聞く。

「簡単な話さ、『札幌の鬼才』がここで通用するのか、見て見たいんだ」

 友希が張の方を見る。

その目の中には信頼が籠っていた気がするが、それと同時に試すような挑戦的な冷酷な目も入っていた。

「ここまで来てしまった以上、勝つことしか考えてない」

「負けるわけない」

 張はそう言い放った。

友希に負けた事実とは裏腹に、自信に満ち溢れている。

その言葉を放った瞬間、天乖がニヤつく。

「威勢がいいのは大いに結構。だが、そんな甘くないと思うぞ」

 先ほどまでの天乖の声色が冷酷に変わった。

伏籠街と天鬼杯を甘く見ているのが気に障るのか、目つきが悪くなり張の方を睨みつける。

「俺が甘いかどうかは、卓上で決まることだ」

 張は天乖にそう言い張る。

「その自信、楽しみにしておくよ」


「さ、ついたぞ」

 話しているうちに着いたようだ。

目の前にある建物は木造の民宿のような印象を受ける。

「ここは俺が保有している空き家だ」

 そう言って天乖が友希に家の鍵を渡す。

「ある程度のインフラは整っている。今日はここで過ごしてくれ」

「明日の午後、影淡荘に来てもらう」

「それまでに“準備“をしておいてくれ」

 そう言うと、天乖はその場を離れた。

『準備、か…』

 張は天乖のその言葉に妙に違和感を感じた。

あの言葉には様々な意味が込められている。

そんな気がする。


二人は家の中に入っていった。

中は普通の民家で、突出したところは特にないように感じた。

「私はもう寝るけど、張はどうするんだ?」

 張は少し考える。

「街を見て回るよ」

「そう。じゃあ鍵渡しとくから」

 張はそう言って友希から家の鍵を貰い、家を後にした。

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