第2話 影淡荘

影淡荘えいたんそうって知ってるか?」

 張はその名を聞き、牌を触っていた右手が震える。

ある程度の雀力を持つ雀士であったら、一度は耳にしたことがあるであろう雀荘名。

 風の噂では、表の世界で生きられなくなった玄人や極道、はたまた極悪人などが跋扈ばっこしていると聞いたことがある。

 所謂、高レート雀荘。

 張も噂程度にしか聞いたことがなかった。

「名前だけは知っているが…」

 張はそう言いながら、左手芸をしようとした手を卓の下に降ろす。

そうして、上家かみちゃの山から牌をとる。

 引いてきた牌は西。

自風ではあるが、手牌の中でかなり浮いている牌だ。

 張は何も躊躇わず、静かにツモ切りする。

「で、その雀荘がどうしたんだ?」

 牌を切ると、すぐに友希に聞く。

同卓者が牌を山から自摸り、卓に打牌する。


 そうして、友希のツモ番がやってくる。

上家の山に手を伸ばしながら、張の聞いてきたことについて話し始める。

「張のような最高で最恐の玄人…」

「お前がまた卓上で戦っている姿が見たいんだ」

 友希はそう言い、卓に牌を強く打牌する。

手から出てきた牌は一筒。

 発言とは裏腹に、ごく普通の牌だった。

だが、張はとっくの昔に麻雀を辞めている。

 今打っているのも、約三年ぶりだ。

張は友希の願いを叶えたいのは山々だったが、もう自身で決めたことだ。

「すまないが、俺はもう打たないことに決めたんだ」

 張は山に手を伸ばしながら、そう言う。

 まだ二巡目だが、卓上には緊張感が走る。

山から持ってきた牌は五索。

 これで一向聴になった。

手配にあった九筒と交換し、九筒を場に出す。

 待ちは二五筒、四七索。

かなり良型の一向聴だ。

 しかも、二筒は自山の左端にある。

次巡で上家の山がなくなり、次のツモで確実に持ってくる。

 張はすでにこの場の勝ちを確信していた。

「そっか…残念…」

 友希には悪いが、もう決めたことだ。

「でも…」

「ここで負けたら、打ってもらうよ」

 友希がかなり真剣な顔になった。

それと同時に、友希が山から牌をツモる。

 友希がツモってきた牌を手に入れ、打牌をする。

「バンっ!」

卓上に練り牌の打牌音が響き渡る。

「立直!」

 友希の声が甲高く聞こえてくる。

まだ三巡目だ。

 普通だとあり得ない。

「…友希っ!」

 張は友希がイカサマをしていることに気がついた。

だが、こいつもプロだ。

 イカサマの跡を残さない。


考えを巡らせる中、上家が山から牌を自摸る。

 すぐに自分の手牌と自摸ってきた牌を交換する。

手出しで出てきた牌は一筒。

 友希は何も言わずその牌を通す。

次の自摸番は張だ。

 下家の山に手を伸ばそうとした瞬間、下家から発声が飛んでくる。

「ポン!」

 張は伸ばしていた手を縮める。

 下家は手出しから八索を捨てる。

そして、下家は上家の河から一筒を副露する。

 張の自摸が飛ばされてしまった。


 対面である友希が山に手を伸ばす。

その瞬間、卓に音が響き渡る。

「バンっ!」

「自摸」

 友希は開幕から和了し、裏ドラを捲る。

「裏1で満貫。4000通し」

 手痛い和了だ。

三人は、卓の下にある点棒を4000点分渡す。


東一局、一本場。

友希が37000点持ちの大幅リード。

「一体、何が目的なんだ?」

 張は洗牌をしながら、友希に聞く。

「さっき言った通りだよ」

「お前が玄人としての技能、また見たいんだよ」

 張は昔の自分を重ねる。

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