5. ヤナ

 翌日、カレルはニコニコとした笑みを浮かべてわたしに報告してきた。


「もう一人、メイドを雇ってもらえることになりました」

「ふうん。でも、見つかるかしら?」


 ヘイグ公爵家がメイドを雇うことを許可しても、希望者が現れるとは限らない。

 すると彼は、口の端を上げて答えた。


「もう見つかってます」

「え?」


 カレルのその返答に、わたしは眉をひそめてしまう。

 まさか、そんなにすぐに見つかるなんて。

 いや、すでに公爵家で働いていた誰かを、無理矢理こちらに引き抜いたのかもしれない。

 だとしたら、気の毒なことをしてしまったのではないだろうか。


「雇うのはいいけど……怖がってまた来なくなるんじゃないの」


 するとカレルは、拳で胸を叩き、堂々と続けた。


「大丈夫です、僕の妹です」

「ああ……そう」


 なるほど。くだんの三歳下の妹か。それならすぐに了承を得たのも納得できる。

 だが、カレルと同じ環境で育ったというのは、懸念材料でもあるのだ。

 つまり兄と同じように、変人の可能性が高い。

 まあ変人であることは、わたしを怖がらない、と同義でもあるのか。


「妹もこちらで働かせてもいいか、と尋ねたところ、あっさりと了承していただきまして」


 ヘイグ公爵家としては今回も、この際誰でもいい、という感じなのかもしれない。


「ですので、近いうちに連れてきます」

「ふうん、わかったわ」


   ◇


「カレルの妹の、ヤナと申します。ツェツィーリエお嬢さまのお世話を仰せつかりました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 カレルに連れられて塔にやってきた彼の妹は、そう挨拶すると、ペコリと頭を下げた。


「そう、よろしく」


 ヤナはカレルと同じ、銀髪と空色の瞳の少女だった。銀髪は彼より短く、肩のところで綺麗に切り揃えている。そして、今までやってきた使用人たちと同じメイド服を着用していた。

 似ているな、と思う。色合いもそうだが、目鼻立ちもカレルに似ている。やはり兄妹というものは似るものなのだろう。


 まだ会ったことのない、そしてもう会うこともないのであろう、わたしの弟や妹も、わたしに似ているのだろうか。

 少なくとも、髪と瞳の色は違うはずだから、似ても似つかないのかもしれない。


「至らぬこともあるかと思いますが、誠心誠意、お仕えさせていただきます」


 ヤナはそう付け加えると、口元に弧を描いた。


「別に、適当でいいわよ」


 わたしがそう気のない返事をすると、ヤナは胸の前でヒラヒラと手を振った。


「そういうわけにはまいりません。私、この仕事を生涯続ける覚悟をしておりますから」


 なんて大仰な発言をするのだろう。それとも魔女に媚を売っているつもりなのだろうか。


「……その心意気は買うけれど、ここで働いた人は皆すぐに辞めていったから、そんな期待もしてないし、気負わなくてもいいわ」

「らしいですね。でも私は、お嬢さまを怖がったりはしません」

「……そうかしら」


 最初は皆、そう言うのだ。


「なにせ、魔法がどうとかいう話は、兄で耐性がついているので」


 なるほど。


「あと、お給金がいいのがなによりの魅力です」


 なるほどなるほど。


「というわけで、私にとっては、絶対に辞めたくない職場なので、よほどのことがない限りは続けさせていただきたいと思っています。ですから、クビにならないようにがんばります」

「……わかったわ。がんばって」

「はい」

「でも、どうしてそんなにお給金にこだわるの」

「我が家は、しがない平民です。食うには困っていませんが、家が本当に古くて、建て替えたいと思っているのです」

「へえ」

「幼い頃から、からかわれたりすることもありましたので、父に何度も訴えたのですが、じゃあ稼いでこいって言うので、稼ぐことにしました」


 ということは、ヤナは『黒き魔女』の信奉者ではないということか。


「昨日までは別の御屋敷で下働きをしていたんですが、こことはお給金が比べものにならないので、とっとと辞めてきました。お嬢さまには感謝してもしきれません。ですから、なんなりとお申し付けくださいませ。私はお金のためなら、喜んでしっぽを振る女です」


 カレルとは違う方向に変人かもしれない。

 わたしがこめかみに指を当てて眉根を寄せていると、ヤナは淡々と続けた。


「ではまずは、この塔を案内していただけませんか」

「案内? どうして」

「掃除とかしますし、職場のことは把握しておきたいです」

「ああ……そう」


 断る理由も特になく、まあ適当でいいだろうと、二階へと伸びる階段を上がっていくと、ヤナも後ろをついてきた。


「……ここが、二階」

「なるほど、来客用の部屋ですね」


 室内をざっと見回すのを確認すると、わたしは今度は三階に上がる。ヤナももちろんついてくる。


「……ここが、三階」

「寝室ですね」

「そうね」


 狭い塔のこと、それで案内は終わってしまった。というか、案内なんてする必要があったのか、甚だ疑問である。


「お嬢さま、この先は?」


 ヤナが三階からまた上に伸びる階段を指差す。


「ああ……塔の上に出るわ」

「行ってみたいです。構いませんか?」

「まあ……構わないけど」


 たまに外の空気を吸いたいときに行くことはあるが、基本的には立ち入らない。嫌な気分になることが多いからだ。


 門をくぐることすらなく去っていく使用人の背中を見ることも嫌だったし、待てども待てども一向にやってこない両親の姿を探すのにも疲れ果てた。

 この塔に住み始めた頃は、いち早く両親の姿を見つけようと、よくやってきていたのに。

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