1. 公爵令嬢ツェツィーリエ

 わたしは開いた本を手に持ったまま、うーん、と唸ってしまった。

 何度読んでも同じことしか書いていない。

 当たり前だ、それこそ魔法で書き換えでもしなければ、内容はいつまでもそのままだ。だからこそ本は、後世に情報を残すために記録する媒体として優秀なのだ。


 そもそも魔法が使える人なんていない。

 そんなものはおとぎ話の中にしか存在しない。

 八百年前の世界なら、もしかしたら魔法が使える人もいたのかもしれない。

 でも今はいない。わたしを始めとして。


 わたしは前に垂れてきていた自身のを片手で掻き上げて、天井をで見上げる。


「だいたい、封印ってなに。倒してくれればこんな苦労はしなくてよかったのに。中途半端なことをしないで欲しいわ」


 わたしは何度も何度も目を通して擦り切れてしまった絵本をパタンと閉じると、二階の客間にあるテーブルの上に置いた。

 あとで一階の本棚に戻しておこう。

 もし本当に魔法が使えたなら、いちいち歩いて返しにいかなくても、指を鳴らすだけで元通りに片付けてしまうのに。


 毎日毎日、最低でも一日三回。一階から三階までの階段の上り下りが、わたしの鍛錬になっていると言えなくもない。おかげさまで引きこもりの生活を余儀なくされているが、たぶん足腰はまあまあ丈夫なほうではないかと思う。


 わたしが今住んでいるこの塔は三階建てだ。

 塔とはいっても、この絵本に描かれているような、天にまで届くような高さのものじゃない。大した広さもない。

 王さまが建設したにしては、ずいぶんケチったものだな、と文句を言いたい。


 ヘイグ公爵領の端っこに、大きな門と塀に丸く囲まれた土地がある。その真ん中に、ひっそりと静かに立つ塔。


 『封印の塔』。


 いわゆる、『黒き魔女の魂のカケラ』を封印しておく塔なのだ。

 どうやらわたしの身体の中に、そのカケラはあるらしい。


 生まれてすぐは、赤い瞳はともかくとして、黒髪であることはわからなかった。ふわふわした細い茶髪にしか見えなかったそうだ。

 だからわたしは、いたって普通の令嬢として育てられていた。

 お父さまもお母さまも、愛情をもってわたしに接してくれていたと思う。

 そして、誰もがわたしに優しかった。


 そのうち、どんどんと髪が真っ黒になっていくまでは。


「いやいや、まさか」

「だって、おとぎ話でしょう?」

「魔法だなんて、そんな非現実的な」

「封印なんて」


 このヘイグ公爵家は、白き魔女の末裔なんだそうだ。

 おとぎ話で白き魔女が言うように、血を絶やさぬよう、王家から保護されてきた家。そのための、爵位。


 まさかとは思いながらも、黒髪と赤い瞳の女児が産まれたとなれば、無視することはできなかった。


 念のため。

 お父さまは生まれたツェツィーリエという娘が、どうやら黒髪と赤い瞳のようだと王家に報告した。


 では、念のため。

 王家からもそう通達があったらしい。


 そうしてわたしはこの塔に閉じ込められた。

『黒き魔女の魂のカケラを浄化し、天に昇る』まで。


 つまり、死ぬまで。

 わたしはこの小さな塔から出られない。

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