【第2話】朝の出来事

 朧月家の人間は皆、見目麗しい顔立ちをしており、道行く人が二度見、いや五度見するぐらいは目を奪われる。

 その特徴を生かして、紅賀、蒼真は学園の人にバレないようにモデルをしている。人気急上昇中の二人組ユニット、コウとソウである。紅賀は少し赤みがかった黒色の髪、紅蓮の瞳を持つ。蒼真は少し青みがかった黒色の髪、快晴の空のような瞳を持つ。そんな目立つ彼らだが、学校では認識阻害の術式が組み込まれたメガネを掛けて生活しているので、未だかつてバレた事はない。


 志乃はと言うと、千年に1人居るのか居ないのか程の絶世の、いや傾国の美少女である。太陽に当たれば紫色に輝く濡羽色の黒い髪を長くたなびかせ、瞳はアメジストのような透き通った紫。まつ毛は長く、目を伏せればまつ毛の陰が頬に落ちる。

 過去に何度か誘拐されそうになったことがあるのだが、誘拐されそうになった本人が犯人のことを憐れんでしまうほど、母美麗と父優華がそれはもうコテンパンに叩きのめしてきたので大事には至っていない。そういう訳で外に出る時はいつも認識阻害のメガネを掛けて、地味を装っている。


 こうして、この美の化身のような三兄妹は地味に過ごしてきたのだった。



「「「「行ってきます!」」」」

 ご飯を食べ終わった4人は元気よく家を出た。


 学校は電車で一駅のところにある。歩く時もあるが、歩くと少し距離があるので、いつも文明の利器である電車を使って学校に行っている。


「人外だからって文明の利器禁止令でてるわけじゃないんだから、どんどん使わないとねー!」


 蒼真の口癖はこうであった。

 そう、朧月家は鬼の一族である。美麗と優華には謎が多いが、蒼真、紅賀は鬼に開花している。

 開花とは、所謂覚醒することを指し示し、仮の人間の姿から本来の姿になることである。通常は人間で言う第二次成長の時期に開花するのだが、例外的に何らかの影響で第二次成長時に開花しない者がいる。

 そのひとりが志乃なのだ。

 志乃は人間のように第二次成長を迎えてしまい、今だに開花には至っていない。だがやはり、人外の子。運動神経は他の人間とは比べ物にならないくらい良い。だから、開花していなくても人外科所属なのである。



***

 駅に着くと駅前に人だかりができていた。


 ――いいぞ! そこだ、やれ!

 ――キャーカッコイイ!!


 どうもうつろと戦っているようだった。


 虚――それは人の負の感情、欲望から産み出されし穢れの集合体。形を持たぬ只々穢れを振り撒く霧雨のような存在。見た目は黒い靄である。

 通常なら神社や寺の祭事で祓うことが出来るのだが、近年、人々の暮らしが豊かになるにつれて祭事だけでは祓えなくなってきている。つまりは共存社会の影に常に潜んでいるのだ。

 そこにあるだけで穢れ――病気を引き起こしたり、精神的に不安定にさせる代物を振り撒く存在なのだ。その穢れに当てられ過ぎると生物・非生物関わらず、最終的に朽ちてしまう。それが生物だった場合、理性・人格を失い、理性の制御も意思疎通もできないただ暴れる存在である『虚人うつろびと』になる。あれらは形を欲するため、例え生物に取り憑かなくても、靄が沢山集まると何らかの形に自身を形成する。


 国は見つけ次第、祓える者は自分で駆除し、祓えない者は業者や専門職の人間を呼ぶように推奨している。こう言った経緯で一般の人間も人外も駆除できるようにある程度の知識はあるのだ。しかし、虚はそう簡単に払える存在ではない。

 1つは古から邪悪なものを清める力があるとされる桃と柊を特殊な方法で精製した『柊桃香しゅうとうこう』という呪術的薬剤を使い、駆除を行う方法。霧吹きのように虚に振り掛けたり、普通の武器に塗り込んだりして使う。海外では聖水を使うらしい。

 もう1つは『開花武器かいかぶき』と称される武器を使う方法である。これを持つ人間・人外は希少で、強い決意や覚悟、または死に面した時にのみ開花武器を手にすることができるからだ。この現代に、そのような強い覚悟や死に面することはほぼ無い。

 

 そして、虚やそれに類するものは普通の武器では倒せないのが現状である。


 このような背景があるが、戦えるに越した事はないので、戦闘訓練は必修の授業の一貫となっている。しかし、何でも娯楽にしようとするこの御時世では重大な駆除活動が民間市民の間で完全に娯楽になってしまっている。これは危険な現状であり、そうあってはいけないのだ。


 

「ハァッ!」


 金髪でグレーの学ランの志乃たちと同じ学校の制服を着た男子だった。最後は真上から刀で一閃。やっとのことで倒したようだ。


「かっこよかったよ! 玲央!」

「さっすが、玲央! どこかの誰かと違って!」


 取り巻きであろう女の子たちはいつの間に志乃たちを見つけていたのであろうか、蒼真・紅賀を見てクスクスと笑った。玲央という男子はその様子を見て、満更でもなさそうな感じで女子たちを制した。


「可哀想だろ、やめてあげなよ」

「やだ、玲央ったら優しいー!」

「そんなことないさ。でも、さっきの俺みたいに華麗に虚を切り捨てるなんて、朧月兄弟には少し難しいんじゃないかな」


 やたらめったらきらきらさせながら、玲央はふ、と女子が喜びそうな薄い笑みを浮かべた。

 玲央――君月玲央きみづきれおは君月家本家の長男である。君月家は名の知れた陰陽師の家系で、天皇陛下直属である宮内庁所属の焔朝ほむらちょうという組織に代々所属してきた。政界進出も果たしており、発言力は大きい。


「君月だからって……」


 兄たちを馬鹿にされて少しムッとした志乃が口を開いた瞬間だった。


「調子乗んなボケー!」


 志乃の言葉が掻き消されるくらい大きな怒鳴り声で日南がキレた。それはもう壮大に。

 いつの間に君月玲央の後ろに居たのか。スッパーン! といういい音でどこから取り出したのかも分からないハリセンで頭を殴打していた。

 玲央は持っていた刀を反動でポロリと落とし、頭を抱える。


「ひ、日南ちゃん……!? い、いたんだぁ……そ、そ、それにしてもいつもいい音なるよね、そ、そのハリセン」

「ハリセンはどうでもいいんだよっ! お前なぁ私がお前の面倒見なくなってから随分調子に乗ってるっぽいけど、よっぽど甘やかされたみたいだなぁ……蒼真と紅賀のことなんにも知らないで、なーにが少し難しいって? もう一回私の前で同じこと言うてみい! というかお前戦闘センスないんだよ」


 そろそろお気づきだろう。そう、君月玲央と籠屋日南は幼なじみである。籠屋家も陰陽師の家系で、君月の方が籠屋より格上だが君月の当主から直々にに玲央のお目付け役を中学まで任されていたのだ。


「イテテテテテ!」


 日南は悪魔と見紛うほどの恐ろしい顔で思いっきり玲央の頬を抓っている。

 

「ちょ……なんなのよ! あんた何よ! 玲央から離れろよ!」


 周りの取り巻きたちは日南に掴みかかろうとするが、日南の殺気に満ちた眼光によってそれは叶わなかった。玲央の頬が真っ赤っかになるまで抓り、満足したのか、日南は呆然としていた朧月兄妹のところに戻ってきた。


「ごめんねー! 急がないと遅れるよね! ほんとごめん!」


 ニッコニコのやり切った表情で何事もなかったかのように学校の方向へ進んで行く。


 その時に、

「怖いんだよ……」

と君月がポロッと真っ赤っかになった頬を摩りながらこぼした。


(あー言っちゃダメなとこで、言っちゃったなぁ……ご愁傷様)


 志乃は人外なので、耳もとてもよく聞こえる。苦笑いで日南を見やると、

「へぇ、やり足りないんだ……ふーん。あとで校舎裏な」

と鬼よりも鬼らしく呟いたと思えば、「志乃! あんな馬鹿気にせずに行こ?」と含みのある笑顔で志乃に笑いかけていた。


 その時の朧月兄妹は心の中で

(((何があっても怒らせないようにしよう……!)))

と決意を固めていた。口にはもちろん出さなかった。

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朧月夜、あの桜の下で(改訂版) 秋丸よう @akimaru_you

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