【第1話】朝の団欒
――ピピピ……ピピピピピピ……
「ん……んんん……」
――ピピピピピピピピピピ
「ん……んあ……」
――ずるぅ！ ドタンッ！
「んあ……いったぁ……！」
目覚まし時計が忙しなく鳴っている。ずるずると寝ぼけながらもベッドに上り、窓の側に置いてある目覚まし時計を止めた。カーテンの隙間から差す光の線に思わず目が眩むが、お構いなしにバッとカーテンを開けて眩い陽光を全身に浴びて、ぐぅっと伸びをした。
「んんん……！ ぬあ……いい天気だぁ！ 入学式日和だぁ……ふわぁ……」
思わずあくびが漏れる。ぽやぽやと日光浴をしていると、ふと頬が濡れていることに気が付いた。
「涙……なのかな。なんでだろ、怖い夢でも見たのかなぁ……」
最近同じ夢をよく見ている気がしていた。だが、朝になったらすべて忘れているのだ。
（悪夢じゃない……と思うんだけど、とてもとても大切な夢……だと思う。こんなにおんなじ夢見てるって気がするんだもん。絶対に大切な夢だ。今度見た時こそは忘れない……）
続けて日光浴をしていると、廊下からドタドタという足音が聞こえてきた。バンッとドアが勢いよく開く。
「起きろー！ って、起きてるじゃん！ おはよう！ 早くしないと最速遅刻記録更新しちゃうよ！ ぽやぽやしてないで、さっさと用意する！ まだご飯ちゃんと食べる時間あるから、はい、早く！」
ドアを開けたのは、双子である兄の片割れ、
蒼真は志乃の新品でまだのりの効いた高校の制服を取り出してきて、部屋を出た。
急げと急かしていた兄を見送り、志乃はのんびりと時間を確認した。すると起きようと思っていた時間よりも30分くらい遅い時間だったのだ。
「これは、やばい！」
流石の志乃もいそいそとグレーに赤の紐リボンのセーラー服に袖を通して、部屋を出た。
今日、遅れる訳には行かない理由――それは、今日が天明学園高等部の入学式だからである。
『私立天明学園』
明治時代設立の歴史ある厳格な学校である。
現在は小等部、中等部、高等部、大学とエスカレーター制の学校となっており、全国から生徒が集まるのだ。勿論、途中から入学する生徒も多数存在する。
日本、いや世界には数多くの学校が存在するが、その多くは人間の為だけの学校である。一応、多少なりとも人外の為の学校はあるのだが。そんな中でこの学園は人外が人間社会に出てきた時から、人間科と人外科に分かれており、共存という形をとっている。
人外と人間が手を取り合ってお互いのことを尊重尊敬し合い、共に切磋琢磨する。そんな願いの元作られた学校なのである。
今の話でお気づきかもしれないが、この世界には人間以外にも人の
現在は世界各地・各国にその土地特有の人外が暮らしており、皆が皆、友好的と言うわけではないが人間とは良い隣人関係にある。そんな世界の中でも我らが日本国は他の国とは類を見ない人外大国として有名だ。
日本特有の人外は『妖』と称される者たちであり、人間の影に隠れ、時には人間と共に生き、時には神と称される者も居た。
妖は天皇家によって長い年月、秘匿されてきた。しかし、江戸時代の鎖国真っ只中であった日本が外国から開国を迫られ、危機に面している時に彼らは表舞台に現れた。彼らは持ち前の素晴らしい知恵と技術を逆手に外国の民相手に有利な交渉を行い、開国によって混乱していた日本を手早くまとめ上げた。
当時の日本人の手記にはこんなことが綴られている。
『今までの我々は
他にも、
『妖者は恐ろしいものばかりと思っていたが、こんなにも心優しく、美しい存在だとは知らなかった。我々の方がよっぽど醜く、浅ましい存在であると痛感した』
などと綴られている。
元々、八百万の神の存在を信じる日本人には人外を受け入れることは容易かった。当時の日本人たちは日本の政治を妖たちに、いや、妖の王である彼に担ってほしいと懇願したが、彼はそれを良しとしなかった。
『人間達よ、お前達のことはお前達だけでどうにかせよ。人間のことは人界で解決するのが理。我ら人の理の外に立つ者は無闇に人界の出来事に首を突っ込んだりはできない』
この言葉を残し、彼は１つだけ人間と妖の間で法を作った。人界に残り、人と共に生きることを選ぶ妖たちは人間に化けて生活しろ、と。人間は我らが慈しみ、可愛がる存在。決して怖がらせてはいけない、と。そうして人外である妖たちは人間社会の一部として生きていくようになった。
彼は日本の象徴を真似るようにして、昔も今現在も日本を優しく見守ってくれている。
「入学式シーズンには毎回この内容の雑誌配るよねぇ。天下の天明学園も大変ですなぁ」
志乃が階段をおりてリビングに行くと、母――
ふわぁと何やら良い匂いがしたので、キッチンの方を見ると、もう1人の兄である
ダイニングテーブルにはいつもの朝なら見ることはない人物もいた。明るい茶色の髪を三つ編みおさげにしているのが特徴の志乃の幼稚園からの親友、
「あ、やっと来た、おはよー、遅いじゃん」
日南は志乃が降りてきたことにいち早く気がついたようで、足を組んで優雅にコーヒーを啜りながらニヤリと笑いかけた。
「はよ、ご飯できたから、座っといて」
キッチンから出てきた紅賀は、志乃に薄く笑いかけ、志乃の好みの味に作っているであろうだし巻き玉子をテーブルに置き、自分も椅子に座った。
（ほんのり甘い匂いがする……！ 私が好きな甘いだし巻きだぁ！）
こんな事を思いながら椅子に座ろうとする志乃を美麗がキャッチして「おはよぉ」と言い志乃を抱きしめた。そして顔をまじまじと見つめてきたのだ。美麗の赤い瞳がゆらめく。
「んーん？ 涙の跡があるね。怖い夢でも見た？ マミーがチューしてあげよう！」
そう言うと、美麗は志乃のおでこにぶちゅーとキスをした。その行動に蒼真はガタという音を立てて、立ち上がる。
「ずるい！ 俺も志乃にチューしたい！ 紅賀もそう思うでしょ！」
「…………」
「ちょっと！ ノーコメントやめてくれる！？」
蒼真は自分の意志をハキハキと言っていくタイプだが、それとは反対に紅賀は必要な時以外あまり自分をさらけ出さない。
「ほんとに仲良いなぁ、羨ましい限りだわ」
それを見ていた日南が口をむぐむぐさせながら言った。日南には兄がいるが、仕事で忙しいそうな。
「……早く朝飯食べないと、初っ端から遅刻するぞ」
優華は雑誌から少し目を離し、志乃たちをジィッと見て呆れの声で言葉を発した。彼はクールというよりもツンデレといえるのかもしれない。
初めての人にはとても冷たく冷徹な人に見えるが、頻繁に関わって行くうちに、愛情深く優しい人物であるとわかるのだ。しっかり紅賀に遺伝していよう。蒼真はご覧の通り美麗譲りの性格だ。
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