第11話 服従させられるリピア

 リピアの手から離れた矢は、真っすぐに拓雄へと飛んでいった。

 命中を確信し、小さく笑みを浮かべるリピアであったが……突如として『捕獲』された少女が矢から拓雄を守るように立ちはだかる。


「拓雄様、危ないっ!! ああっ!」


「なっ……!?」


 ドスッ、という音を立て、リピアが放った矢が少女の肩に深々と突き刺さる。

 そのまま地面に倒れた彼女の姿を見て声を漏らしたリピアは、拓雄の近くにいた蜘蛛怪人が彼を庇うように位置を変える様を目にして、暗殺が失敗したことを理解した。


(位置もバレた。もう暗殺は不可能だ。こうなったら……!!)


 自分の存在だけでなく、潜伏位置も露見してしまった。拓雄の暗殺は不可能になったと言っても過言ではない。

 であるならば……と隠れていた茂みから飛び出したリピアは、跳躍しながら少女たちの逃げ道を塞ぐ蜘蛛怪人たちを狙撃する。


「ギギッ!?」


「グギャッ!!」


「今だ! 早く逃げろっ!!」


 矢を射かけられた怪人たちが怯む中、リピアが少女たちへと叫ぶ。

 彼女が作ってくれた隙を突いて少女たちは一目散に逃げだしていき、それを見送ったリピアも再び攻撃を仕掛けようとしたのだが……。


「うっ! ぐはあっ!!」


 拓雄の護衛についていた、最も屈強な蜘蛛怪人が彼女の体を殴り飛ばす。

 武器である弓を取りこぼしながら地べたを転がっていった彼女は、木に叩きつけられると共に痛みに呻いた。


 どうにか立ち上がろうとしたリピアであったが、回復した蜘蛛怪人たちに糸を吐き掛けられ、拘束されてしまう。

 武器を失い、身動きもできなくなった彼女の前で、拓雄は自分を庇った少女と話をしていた。


「拓雄様、ご無事ですか……?」


「ああ、君のおかげで助かったよ」


「拓雄様のお役に立てて光栄ですぅ……♥」


 蕩けた表情を浮かべる少女の体が、再び光に包まれる。

 『異世界スマホ』の力で再びカードになった彼女を拾い上げた拓雄は、少し萎えた表情のまま呟いた。


「でも俺、体に傷がある女の子とか嫌だからさ。君には経験値になってもらうね。よろしく~」


「貴様……っ! その子を返せ! この悪魔っ!!」


 命を救ってもらった相手に感謝の言葉一つ言わない拓雄に対して、怒りを爆発させながらリピアが叫ぶ。

 しかし、身動きを封じた相手など恐ろしくないとばかりにニヤニヤ顔を浮かべた拓雄は、彼女を見下ろしながら口を開いた。


「やあ、リピアちゃん。君の方から会いに来てくれて嬉しいよ! それに俺を殺そうとするその気の強さ……ますます好きになっちゃうな!」


「貴様のような外道に愛されても反吐が出るだけだ! みんなを、私の家族を傷付けた貴様のことは、絶対に許さない!!」


「……いいね、それだよ。そういうふうに俺を見下して、忌み嫌うその目、あの女どもに似てる。そういう目をしてた女が俺に跪いて、媚びを売るようになるんだ! 最高に気持ちいいだろう?」


 歪んだ支配欲を持つ拓雄が、スマホをリピアへと向ける。

 そのまま彼女を『捕獲』しようとした拓雄であったが……反抗的なリピアの目を見て、行動を考え直すことにした。


(今のままじゃまだ『捕獲』は成功しなさそうだな。だけど、これ以上体を傷付けてハーレム女第一号をボロボロにしたくはない。だったら……)


 リピアはまだ追い詰められていない。ただ、彼女の肉体を責めても効果は薄いし、傷だらけの女を自分のものにしても萎えるだけだ。

 攻めるべきは彼女の心だろうと考えた拓雄は、リピアに近付くと共に彼女へと誘惑の言葉を投げかける。


「ねえ、リピアちゃん……解毒剤、欲しくない?」


「っ……!?」


「リピアちゃんの家族も毒で苦しんでるんでしょ? 解毒剤があれば家族も友達も助けられるよ? 欲しくないの?」


 突然の拓雄の言葉に驚きながらも、リピアの心は激しく揺れていた。

 苦しむ父と弟を救うためには解毒剤が必要で、その入手もリピアの目的の一つだ。

 暗殺が失敗した今、その入手は絶望的かと思われたが……まさか、相手から話を切り出してくれるとは思わなかったリピアが動揺する中、拓雄が言う。


「リピアちゃんが俺の物になってくれるんだったら、解毒剤をあの村に届けてあげてもいいよ」


「なんだと……!?」


「正直さ、さっきの女の子たちなんかよりもリピアちゃんが何倍もかわいいし……俺のハーレムメンバーとして合格なのはリピアちゃんくらいのものなんだよね。だから、リピアちゃんさえ手に入ればあの村もどうでもいいかな~って」


 ニヤニヤと笑う拓雄の言葉は、リピアに深い迷いを感じさせた。

 自分の身一つで家族や仲間たちが助かるならという思いを抱き始める彼女へと、拓雄がトドメとなる言葉を言う。


「どのみち、このままじゃリピアちゃんは俺に『捕獲』されるだけだろ? だったら最後くらい、仲間たちのために頑張った方がいいと思わない?」


「くっ……!!」


 この悪辣で下劣な男に媚びるだなんて、死んでもあり得ないと思っていた。

 しかし、自分ではなく大切な家族の命を天秤に乗せられた今、リピアの心は大きく屈服へと傾いている。


 全ては拓雄の言う通りかもしれない。ここで自分が頭を下げれば、家族や村のみんなは助かる。

 自分の運命はもう決しているというのなら、取るべき選択肢は……と考えたリピアは、覚悟を決めると共に口を開いた。


「どうすれば、いい……? どうすれば、お前は満足する……?」


「はは……っ! いい子だ。じゃあ、俺に服従を誓ってもらおうかな? ――って、言ってさ」


「ぐっ、ぐうっ……!」


 あまりにも屈辱的な台詞を教え込まれたリピアが、苦しみに呻く。

 しかし、家族を救うにはもう他に道はないのだと自分に言い聞かせた彼女は、その屈辱を受け入れると共に震える声で拓雄の要求に応えてみせた。


「わ、私は、拓雄様の従順なる奴隷です……貴方様を愛し、尽くし、絶対的な服従を誓います。愚かにも貴方様のお命を奪おうとしてしまい、申し訳ありませんでした。お詫びとして……私の全てを、拓雄様に捧げさせていただきます……!」


「ひ、ひひひひひひっ! 言った! 言わせてやった!! 俺を殺そうとした女を、俺が服従させたんだ! ひゃはははははっ!!」


「ううっ、うっ、うぅぅ……っ!!」


 響き渡る拓雄の笑い声を聞くリピアの心は、もうボロボロだった。

 暗殺に失敗して捕らえられただけでなく、彼の奴隷になることを誓わされた彼女のプライドは、屈辱で粉々に粉砕されている。


 だが、これで家族は助かる。解毒剤さえあれば、村のみんなも苦しみから解放されるはず……と、リピアが自分を慰めようとした時だった。


「ああ、そうだ。解毒剤のことなんだけどさ……そんなもの、最初から存在してないんだよね~!」

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