第12話 戦いへの覚悟、怒りの覚醒

「……は?」


 あまりにもあっけらかんとそう言ってのけた拓雄の言葉に、顔を上げたリピアが間抜けな声を漏らす。

 その言葉の意味を徐々に理解していくと共に、彼女の心に怒りと絶望がこみ上げてきた。


「騙したのか……? 私や村のみんなを騙したんだなっ!?」


「うん、そうだよ。面白いよね~! 存在しない解毒剤のために、みんな必死になっちゃってさ~! リピアちゃんの宣言もすげえ笑えたよ! 格好いいリピアちゃんがプライドを捨てて俺に媚びる無様な姿、見てて最高だったね!」


「貴様……っ! 貴様ぁぁぁぁっ!!」


 自分を、村の人々を、騙していた拓雄の態度に怒りの咆哮を上げるリピアであったが、その心には深い絶望が刻まれていた。

 どれだけ怒り狂おうともどうしようもない状況。そして、拓雄の戯れ一つで大勢の人々が自分の人生を投げ出して彼に媚びなければならない現状に、力の差を理解させられてしまう。


 どうしようもない。勝てない。そんな思いがリピアの心の中を支配し始める中、嘲笑を浮かべた拓雄が言う。


「リピアちゃん、もうボロボロでしょ? これで間違いなく『捕獲』できる。リピアちゃんが家族思いの女の子で助かったよ」


「くそぉ、くそぉ……っ!!」


 全ては拓雄の掌の上で転がされていただけだった。

 あの屈辱的な発言も自分の心を折り、確実に『捕獲』できるようにするための拓雄の作戦だったことを理解したリピアの目から、大粒の涙がこぼれる。


(ごめん、おさ……あんな奴の言うことなんて聞くべきじゃないって反発したのに、私も結局同じことをしてた。長はみんなのためにこんなに苦しんで決断したのに、私はそんな長の気持ちを理解しようともしなかった……)


 異世界人の言うことを素直に聞くなんて、と反発したリピアも、結局はフィドルと同じ決断を下してしまった。

 フィドルも自分が味わったものと同じ屈辱を感じながら、それでも村のためにと下した決断を馬鹿にして、彼を非難してしまったことをリピアは強く後悔する。


「大丈夫だよ。『捕獲』されたら、俺以外のことなんてどうでもよくなるからさ。村の連中が経験値用の餌になっても、家族が毒で死のうとも……な~んにも感じなくなる。リピアちゃんが俺に服従することが全てで、それを最高に幸せに感じるだけの奴隷になるんだからね」


「うっ、ぐすっ……うぅぅ、うぅ……っ!!」


 悔しい。だが、どうしようもない。

 あのスマホから放たれる光を浴び、先ほどの少女と同じく憎い相手に媚びるだけの奴隷になる未来を変える力は、今の自分にはない。


 大人たちに反発し、勝手で無謀な行動を取った末に最悪の結末を迎えようとしている自分自身の無様さに、何もできない悔しさに涙を流すリピアは、家族への謝罪の言葉を口にする。


「父さん、メノウ……ごめんなさい。私、何も守れなかった……!!」


 大きな光が弾けようとしている。あれを受けた後、自分は全てを塗り潰された拓雄の奴隷として生まれ変わることになるのだろう。

 その恐怖に怯えながら、涙を流し続けるリピアであったが……その耳に、男性の怒号が響いた。


「ふざけるなっ! この野郎っ!!」


「なっっ!? ぐあああっ!!」


 バキイッ! という鈍い音を耳にしたリピアが顔を上げれば、そこには憤怒の形相を浮かべる龍斗と彼に殴り飛ばされる拓雄の姿があった。

 リピアや蜘蛛怪人たちがその光景に唖然とする中、龍斗は再び拓雄に駆け出すとその顔面に思い切り拳を叩き込む。


「あぐっ! ぎゃああっ!!」


 無言で拳を叩き込んだ龍斗の一撃によって、拓雄の鼻が折れた。

 夥しい量の鼻血を噴き出す彼は、そこでようやく蜘蛛怪人たちへと命令を出す。


「何を見てるんだ!? 俺を守れよ、役立たずっ!!」


「ギャガッ!!」


 拓雄の命令を受けた蜘蛛怪人たちが龍斗を止めにかかるも、彼は的確な動きでそれを捌き、あべこべに吹き飛ばしてみせる。

 最も屈強な蜘蛛怪人が彼と組み合い、ようやく動きを止めることに成功するも、状況は緊迫していた。


「あ、あいつ、どうしてここに……?」


「差し出されることになった女の子をつけてきたんじゃよ。見つからないように距離を空けて尾行していたせいで遅くなってしまったが、ギリギリ間に合ったようじゃな」


「わ、わあっ!?」


「詳しい話はお主が逃がした女子たちから聞いておる。よく頑張ったの」


 どうしてここに龍斗がいるのかと困惑するリピアへと、いつの間にか姿を現したダンが答えを返す。

 突然の彼の登場に驚くリピアへとそう言った後、ダンは龍斗へと視線を向けた。


(龍斗の奴、すさまじい勢いで気力が膨れ上がっておる。あの拓雄とかいう男への怒りが、戦いへの覚悟を決めさせたか……!!)


 修行によって変身形態の負荷に慣れ、その実力を十分に発揮できるようになっていた龍斗に足りなかった、最後のピース。

 戦いへの覚悟という精神的な部分が今、リピアやこの世界の住人たちに対する拓雄の非道な行いを目の当たりにしたことで固められようとしている。


「お前は、あの子からチケットを奪った……!! この事件の黒幕はお前か!?」


「その口ぶり、お前もデスゲームの参加者だな? そうだよ! 俺が召喚したしもべを使って、村を襲いまくってるんだ! 経験値素材になる人間と、好みの女の子を手に入れるためにな!」


「どうしてそんなことができる? たくさんの人を傷付けて、なんとも思わないのか!?」


「思わないに決まってるだろ! 俺たちをこの世界に送り込んだ天使だって言ってたじゃないか! 力が強い者、知恵を持つ者が有利なのはどの世界でも同じだって……だったら、俺が手に入れた力で好き勝手やったっていいはずだ! 俺のチケットを奪ったあの男みたいに、俺だって他者から奪っても許されるはずだろ!!」


「だから、みんなを苦しめてるっていうのか? 平和に暮らしてただけの人たちの人生を無茶苦茶にして、強いからってそれが許されるって、お前は言うのか!? お前だって奪われて苦しんだ人間だろ!? それなのに、どうして同じことを繰り返すんだよ!?」


「っっ……!?」


 叫ぶ龍斗の腹部に、赤い光が灯る。

 その光がまるで血管のような線を描き、彼の体へと伸びていく中……怒りを燃え上がらせた龍斗は拓雄へと吼えた。


「リピアの言う通りだ! お前はもう人間じゃない! 悪魔だ!! 俺は、俺は……お前を絶対に、許さない!!」


 爆発した怒りが気力を膨れ上がらせ、それが変換されて生まれた光が龍斗を包む。

 放たれた衝撃に屈強な蜘蛛怪人さえも吹き飛ばされる中、光の中から姿を変えた龍斗が姿を現した。


「なんだ、お前……!? 何なんだよ、その姿は!?」


 以前までの白と黒のどこか未完成さを感じさせる姿とは違う。

 燃え上がる炎のような怒りを表すような赤を基調に覚悟の黒と気高さの銀で彩られた肉体へと変貌した龍斗は、愕然としながら自分へと叫ぶ拓雄へと言った。


「もうこれ以上、お前に何も奪わせはしない……! 俺が、この世界の人たちを守る!!」

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