第10話 あの悪魔を、暗殺してやる……!(リピア視点)

(来たな……!)


 ――フィドルたちが龍斗が用心棒を務める村にやって来た翌日の夕方……リピアは森の中に居た。

 息を潜め、身を隠していた彼女は、待っていた集団が姿の姿を目にして緊張を高める。


 彼女が待っていたものは、フィドルたち村の長たちによって選別された若く美しい女性たちだ。

 不安そうな表情を浮かべながらもお互いを励まし合っている彼女たちの痛々しい姿を目にしたリピアは、怒りと悲しみを入り混じらせた感情を心の中に抱く。

 村長たちは、どうしてあんな悪魔の言うことに従ってしまったのかと……少女たちを犠牲にしようとするフィドルたちの考えに反発するリピアは、自分なりの方法で事態を解決させようとしていた。


(暗殺だ……! あの悪魔を仕留めて、解毒剤も奪う! それで村は救われるはずだ!!)


 父から教えられた弓の技術は、近隣の村を含めても一番の腕前を誇っている。

 そして、森の中は狩人でもあるリピアのホームグラウンド。身を隠す術も戦い方も熟知している。


 それを活かし、拓雄を暗殺する。これ以上、奴が被害を拡大させないように命を奪い、同時に解毒剤を確保し、毒に苦しむ人々を救う。

 人を射るのは初めてのことだが、リピアには迷いはない。

 なにせ、相手は人間ではなく……異世界から来た悪魔なのだから。


(父さん、メノウ、待ってて。すぐに助けてあげるから……!!)


 今も苦しんでいる家族のことを思いながら、警戒心を強めていったリピアは……取引の場に姿を現した男を見て、心の中で憎しみを爆発させた。


「やあ、よく来たね。かわいい子たちがいっぱいで嬉しいよ」


「あいつ……っ!!」


 数体の蜘蛛怪人に守られながら少女たちに声をかけた男……拓雄の楽しそうな態度に、怒りを募らせるリピア。

 あの男の身勝手な欲望のために、自分の家族や村の仲間たちが苦しんでいるのだと、その事実を再認識した彼女が矢筒から取り出した矢を弓に番える中、一人の少女が拓雄へと言う。


「あ、あなたのお望み通りのものをご用意させていただきました。どうかお願いします。解毒剤をお渡しください……!」


「ああ、ちょっと待って。今、確認してるから」


 深々と頭を下げて服従を誓いつつ、解毒剤を渡してくれるよう頼む少女たち。

 そんな彼女たちへと気の抜けた返事をした拓雄は、一人一人の顔を確かめた後で口を開く。


「う~ん……ダメだね! 足りてないよ!」


「えっ……!?」


 拓雄の言葉に驚いた少女たちが愕然とする。

 言葉を失っている彼女たちへと、拓雄はニチャニチャとした笑みを向けながら言う。


「リピアって女の子、いるでしょ? 俺、ああいう子が好みなんだよ! 胸当てで抑えてるけどおっぱいが大きいのも一目でわかったし、お尻も大きくてスケベなのにウエストは締まってて、スタイル抜群じゃん? 性格もクールだしさ。ああいう子が俺のことを大好きになって媚びるようになったらって考えると、最高だよね!!」


「う……おえ……っ」


 拓雄の自分に対する邪な感情を聞かされたリピアは、吐き気に襲われて小さく呻いた。

 性的な目で見られるだけでも気色悪いのに、自分が彼のことを好きになるだなんて妄想を働かせていることが吐き気を加速させてくる。

 どれだけ都合のいい頭をしているんだと、絶対にあり得ないことを考えている拓雄への嫌悪感を倍増させたリピアの前で、少女は拓雄へと尋ねた。


「で、では、リピアを連れてくれば解毒剤を渡してくださるのですね? それでしたら、村に戻って長たちと相談を――」


「ああ、いいよ。そんな面倒なことしなくって。君たちも合格ラインではあるから、捕獲キャプチャーさせてもらうね」


「えっ……?」


 意味深な言葉に訝し気な表情を浮かべる少女へと、拓雄が天界スマホを構える。

 次の瞬間、スマホから細い光線が発射され、その光線に当たった彼女の体が光に包まれた。


 リピアも、少女たちも、誰もが状況を飲み込めずにいる中、彼女たちの目の前で光が弾け、その中から一枚のカードが出現する。

 それを手に取った拓雄は、怯える少女たちへと得意気な表情を浮かべながら説明を始めた。


「安心して、さっきの子は死んでないよ。このスマホの能力で『捕獲キャプチャー』させてもらっただけ」


「『捕獲キャプチャー』だと……?」


 隠れている獲物を見つけるための視力が優れているリピアは、拓雄が手にしたカードに先ほど光に包まれた少女の姿が描かれていることに気付き、驚きに息を飲む。

 同時に、『捕獲キャプチャー』という聞き慣れない言葉が出たことに困惑する彼女の前で拓雄は説明を続けていった。


「ゲームと同じだよ。この世界の生物の肉体や精神追い詰めて弱らせることで、スマホの力を使って捕獲することができるんだ。捕まえたキャラはこういうカードの形になるけど、スマホの力を使えば……この通りさ!」


 そう言いながら拓雄がスマホを操作すれば、カードになっていた少女が再び人間へと戻った。

 彼女が元通りになったことを安堵するリピアであったが、次の瞬間、少女は信じられない行動を見せる。


「ああっ♥ 拓雄様……♥ 大好きです~♥ 私のこと、好きにしてくださぁい……♥」


 先ほどまでの緊張していた様子を一変させ、猫撫で声を出しながら拓雄に媚び始めた少女の姿にリピアたちがさらなる驚きを感じる。

 下品な欲望を満足させ、気持ちの悪い笑みを浮かべる拓雄は、自分に媚びる少女の頭を撫でながら楽しそうに声を弾ませながら説明を続けた。


「これが『捕獲』の力だよ! 『捕獲』された生物は、主の設定通りの性格になるんだ! 俺はかわいい女の子たちはみんな俺に惚れて、絶対服従するように設定してるから、君たちもすぐに俺のことが大大大好きになるよ!」


「そ、そんな……!? いや、いやぁ……!」


「……嫌ってなんだよ? 俺は王様になる男だぞ? それなのに、俺を認めないのか? お前たちも元の世界の女たちと一緒で、俺が不細工なオタクだからって見下してるんだろ!? なあっ!!」


 性格も人格も、全て拓雄の思い通りに塗り替えられる。尊厳を完全粉砕されるような扱いに恐怖を抱く少女たちが拒絶反応を示すも、それが拓雄の怒りを買ってしまったようだ。

 被害妄想を爆発させた彼は、こじらせた性格のままにスマホを向け、少女たちを『捕獲』しようとする。


 逃げ出そうとする少女たちであったが、その逃げ道を蜘蛛怪人たちに塞がれてしまい、身動きができなくなってしまっていた。


(これ以上は見過ごせない! 今、やるんだっ!!)


 このままでは少女たちが『捕獲』されてしまう。そうなる前に、拓雄を暗殺しなくては。

 幸いにも、蜘蛛怪人たちが逃げ道を塞ぎに行ってくれたおかげで拓雄への射線が空いた。今ならば、狙撃できる。


 番えた矢を引き絞り、狙いを定めて……いつも通り、意識を集中させる。

 一瞬だけ過ぎった人を撃つという思いはすぐに流れ去り、代わりに拓雄への強い憎悪がこみ上げてくる中、その怒りと憎しみを込めてリピアは矢を放った。


(死ねっ! 悪魔っ!!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る