第9話 外道の所業

「なんだ……? 何が起きてる……!?」


 フィドルについて行った龍斗たちが到着したのは、龍斗自身も何度か世話になった村の診療所だった。

 現在は蜘蛛怪人の出現によって多少のピリつきこそあるものの、利用者自体はそこまで多くない施設であるはずなのだが……今日はかなり賑わっている。


 診療所だけでなく、周囲の家まで解放するほどの患者たちであふれているその光景に驚いた龍斗は、担ぎ込まれた患者たちの様子を見る初老の男性を見つけ、声をかけた。


「ライト先生!」


「おお、龍斗くんか。悪いが、今日は怪我をしていても治療してあげられそうにないよ」


 緊張感と疲れをにじませた表情を浮かべながら龍斗に応えたのは、この村の医師であるライトだ。

 経験も知識も豊富であり、この村の診療所が比較的設備が整っていることもあって、近隣の村々でも優秀な医者として評判らしい。


 龍斗もカエルの勧めを受け、修行で負った怪我や体に悪い異変が起きてないかを診察してもらったこともあり、村の中では比較的親しい相手といえる関係になっていた。


「いったいどうして、こんなに多くの患者さんが……?」


「例の魔物だよ。近頃、この村の近くで見ないと思っていたら、ピグモ村をはじめとした周辺の地域で暴れ回ってたみたいなんだ」


「じゃあ、この人たちは全員、あの蜘蛛怪人に……!?」


「ああ。しかもただやられただけじゃない。奴ら、さらに厄介な能力を身に着けたみたいだ」


 蜘蛛怪人がこの村を襲撃しなかったのは、恐れを成して手出しできなかったからではない。

 ただ単純に、他の村に侵略の手を伸ばしていただけだったと知った龍斗が愕然とする中、フィドルがライトに声をかける。


「先生、皆の容態は……?」


「正直言って、かなり厳しいです。今すぐにどうなるというわけではなさそうですが、治療法が見つからない」


「先生でもどうしようもないとは……あの魔物の毒は、相当に厄介だということなのですね……」


「毒? あの蜘蛛、毒を持つようになったんですか!?」


 二人の会話を聞いていた龍斗が、以前あの蜘蛛怪人と戦った際には見せなかった毒という能力を習得していることを知り、驚きに目を見開く。

 改めて患者たちの様子を見れば、彼らは皆、苦しそうな表情を浮かべながら呻き続けていて……外傷ではなく、体内を蜘蛛の毒に蝕まれていることを知った龍斗は、その痛ましさに思わず顔を伏せてしまう。


「比較的症状の軽い患者に協力してもらって、血液のサンプルを採った。そのおかげで毒の成分はある程度解析できたんだが……これまでのどの毒とも違っているせいで、ここにある解毒剤は使えない。この毒に対応した、全く新種の薬を作る必要がある。しかし――」


 この付近で暴れ回っている蜘蛛怪人は、異世界デスゲームに強制参加させられた王様候補がガチャチケットで召喚したものだ。

 いわば、世界を越えた特定外来生物。毒の治療薬はもちろん、データすら存在していない。


 今から毒の研究を始め、解毒剤を作るとしても……長い時間がかかる。

 それまでにこの患者たちの内、何人が命を落とす……いや、何人が生き延びてくれるか? という話だ。


「どうにかできないんですか? 魔法の力で解毒とか、急いで特効薬を作るとか、そういうことは……!?」


「魔法は私の専門外だ。できる人間もいるのかもしれないが、ここや周囲の村の中にはいない。抗体さえあれば薬を作れるかもしれないが、これは新種の毒物だから抗体なんてどこにも存在していないんだ」


 己の力が及ばない領域だと、龍斗の質問にライトが首を振る。

 その答えに龍斗もまた無力感を感じる中、ふとフィドルの方を向いた彼は、その視線の先に一組の親子がいることに気付く。


 苦し気に呻く父親と小さな息子の姿を見て、胸が苦しくなった龍斗であったが……そこで、その親子にリピアの面影があることに気付いた。


「もしかして、あの二人って……?」


「あの娘の父親と弟じゃろうな……」


 龍斗とダンの呟きに対して、フィドルが静かに頷く。

 彼女の家族も魔物の被害に遭っていたことを知った龍斗は、リピアがどうして異世界人にあそこまで憎しみを持っているのかを理解し始めたが……フィドルの口から、彼の想像を超えた事実が明かされていった。


「魔物を操り、村の衆に毒をばら撒いていった男は拓雄と名乗り、自らを異世界からやって来た未来の王だと自称しました。そして拓雄は、解毒剤を渡す代わりに美しく若い女を差し出せと要求してきたのです」


「女? どうしてそんなことを……!?」


「力に溺れた、ということじゃろうな。魔物を操る能力を得て、己の色欲を満たそうとしているのじゃろう」


 異世界チートハーレム……そんな言葉が龍斗の脳裏に浮かび上がる。

 しかし、この事件の犯人がやっていることはそんな生易しいものではない。最低最悪以下の好意だ。


 ガチャチケットを使って強力なしもべを召喚し、そのしもべの力で異世界の人々を蹂躙して己の欲を満たそうだなんて、人間のやることではない。

 そして同時に、異世界人を悪魔だと言ったリピアのことを思い出した龍斗は、彼女の気持ちを理解すると共に呟いた。


「あの子の言う通りだ。家族をこんな目に遭わせて、しかもその命と引き換えに女の子を要求するだなんて、悪魔以外の何でもないじゃねえか……!!」


 彼女がどれほどまでに苦しみ、この事態を引き起こした拓雄という転生者を呪ったか、龍斗には想像もつかない。

 ただ、リピアの気持ちの一端と共に、彼女が自分に向ける憎しみの理由を理解した彼が苦し気な表情を浮かべる中、フィドルが口を開いた。


「近隣の村の中でも設備が整っているこの診療所が、最後の希望でした。しかし、それもダメだったとなると……奴の要求を飲むしか道はない……」


「そんな! 女の子たちを犠牲にするっていうんですか!?」


「フィドル殿、部外者である我々が口を挟むことではないかもしれません。ですが、その拓雄とかいう転生者は信用ならない相手。要求を飲んだとしても、本当に解毒剤を渡してくれるとは思えません。悪いことは言わない。考え直した方がいい」


 拓雄の要求を飲み、女性たちを差し出すというフィドルの意見に龍斗とダンが猛反対する。

 しかし、静かに首を左右に振った彼は、二人へとこう答えた。


「これは村の代表たちが集まって決めていたことなのです。ここで打開策が見いだせなかったら、相手の要求を飲もうと……私たちも無念ではありますが、村の女を差し出して多くの命が助かるなら、そうするしかないのです。わかってくだされ……!」


 数名の女性を差し出せば、数十名の村人を救えるかもしれない。

 村全体のことを考えなければならない長としては、もうその可能性に賭ける以外に道はないのだと……そう語るフィドルの悲痛な姿に、龍斗は何も言えなくなってしまった。


 ダンと共に診療所を出た彼は、寝床であるカエルの家に向かう途中で不意に口を開く。


「師匠、一つお願いがあるのですが……」


「みなまで言うな。言いたいことはわかっておる」


 龍斗が全てを言葉にする前に、全て理解していると答えてみせるダン。

 自分の気持ちを汲んでくれる師匠に感謝しながら……龍斗は一つの決意を固めると共に、拳を強く握り締めるのであった。

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