第8話 転移者の犠牲者、リピア

「見たことのない魔物……お前もあの蜘蛛の仲間か!?」


 そう、唸るように叫びながら敵意と憎しみを漲らせた視線を向けてくる少女に、龍斗が言葉を詰まらせる。

 狩人というには小奇麗な格好をしている彼女は、背負った矢筒から矢を取り出すと、それを番えながらダンへと叫んだ。


「ご老人! その子を連れて逃げてください! こいつは私がどうにかします!!」


 どうやら彼女は変身している龍斗のことをか弱い老人と子供を襲おうとしている化物だと思っているようだ。

 見た目的にそう誤解しても仕方ないよなと心の中で苦笑する龍斗に変わって、彼女に声をかけられた二人が言う。


「お姉ちゃん、違うよ! この人は魔物なんかじゃないよ!」


「左様。紛らわしいことになってしまって申し訳ないが、一度弓を下ろしてもらえんか?」


「なんだって……?」


 助けようとした子供と老人が揃って魔物を庇う発言をしたことに訝し気な表情を浮かべる少女。

 彼女が困惑している間に気を静めた龍斗は、人間としての姿に戻ると大きく息を吐いた。


「ふ~っ、びっくりした……!」


「なっ!? ま、魔物が、人間になっただと!?」


「あっ、いや! 逆なんです! こっちが本来の姿で、元に戻っただけなんです!!」


「なんだ、お前……? そんなことができる人間なんて、私は聞いたこと……っ!?」


 魔物から人間に戻った龍斗の姿を目の当たりにした美少女は、大いに困惑していたが……その途中で何かに気付くと、険しい表情を浮かべる。


「その格好……そうか、お前もだな……!!」


「えっ……? お、お前もって、俺以外の異世界人に会ったことがあるんですか!?」


 この世界とはまるでデザインが違う自分の服装を見た美少女が発した言葉に、矢を射かけられた時以上の驚きを感じながら龍斗が言う。

 もっと詳しく話を聞かせてもらいたいと、思わず彼が足を前に踏み出そうとした時……少女は、先ほどよりも強い敵意と憎悪を龍斗に向けながら叫んだ。


「悪魔め! 私に近付くな!」


「うっ……!?」


 瞬時に弓を構えながらの少女の叫びに、彼女の本気を感じ取った龍斗が動きを止める。

 ダンもリュカも、彼女のただならぬ様子に何かを感じたのか、口を閉ざしていた。


「待ってください。俺はただ、話を聞きたいだけなんです」


「お前たち異世界人は最低最悪の悪魔だ! お前たちに話すことなど、何もない!!」


 強い憎しみを膨れ上がらせながら美少女が龍斗へと吼える。

 明らかに龍斗を敵と認識し、強過ぎるほどの憎悪と共に矢を向ける彼女であったが、不意に男性の大声が響いた。


「リピア! なにをやっておるか!!」


「っっ……!!」


 突如として響いた大声に驚いた一同がその声の聞こえてきた方向を見れば、そこには一人の老人が立っていた。

 彼の姿を見た少女……リピアは、怒りと悲しみが入り混じった複雑な表情を浮かべると、どこかへ走り去ってしまう。


「あっ! おいっ!!」


 龍斗の呼び止める声も聞かず、走り去るリピア。

 ただその背を見送ることしかできなかった龍斗へと、老人が言う。


「申し訳ない。あの子がご迷惑をおかけしたようで……」


「あ、いえ……そんな大したことじゃないですし……」


 深々と頭を下げる老人へとそう返す龍斗であったが、頭の中には先ほど見たリピアの怒りながら泣いているような表情が焼き付き、離れないでいる。

 そんな彼やダンたちに向かって、老人は丁寧に挨拶をしてきた。


「私の名前はフィドル、近くにあるピグモ村のまとめ役をしている者です。先ほど、あなたたちと話をしていたのは、同じ村に住む自警団のリピアといいます」


「近くの村……ふむ、やはりそうなったか……」


 フィドルの自己紹介を受けたダンが意味深に呟く。

 それよりもリピアの様子が気になった龍斗は、フィドルへと彼女について詳しく質問を投げかけた。


「フィドルさん、さっきのリピアって女の子ですけど……なにか、様子が変でした。異世界人のことを知ってるだけじゃなく、尋常じゃない敵意を燃やしてる。いったい、何があったんですか?」


「……口で説明するより、実際に見ていただいた方がいいしょう。どうぞ、こちらへ……」


 龍斗の質問に暗い表情を浮かべたフィドルが、小さな声で言う。

 彼に先導され、龍斗たちは仮の寝床とさせてもらっているリュカの村へと戻っていった。

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