第3話 普段とは別人
その日の放課後。
外は薄暗くなり、校庭から聞こえる運動部の掛け声も和らいでくる時間帯。
教室へと続く廊下に生徒の姿はなく静かなものだった。
普段なら下校していて、すでに学校にはいないが今日は体育で使ったジャージを忘れてしまい戻ってきた。
誰もいないと思ったのだが、教室に近づくにつれて何やら声が聞こえてくる。
「……やっぱりターゲットへの犯行予告。反応を見て楽しむ姿は明らかに快楽に溺れている。でも犯行は
そんなやけに物騒な言葉が耳へと届く。
その内容は聞き捨てならない。そう思ったのがいけなかった。
「いやいや、
「っ!?」
突然現れた俺に、心底驚いたような表情を見せる唯さん。
薄暗くなった教室に残っていたのは彼女だった。
昼間本人が述べた言葉通りなら、1人教室に残って盗撮写真の件について考えていたってところだろう。
びっくりしたのは一瞬で、すぐにいつものように怯えた様子を見せる。
こっちも思わず突っ込んでしまったが、すぐに冷静になれた。
まずいことを言ってしまった。ここは何も聞かなかったことにしてもらおう。
これ以上ここにいると厄介なことが起きる。そんな予感がした。
自分のロッカーに入っていたジャージの上下を鞄に無造作に詰め込む。
よし目的達成。
サッサと退散しようとした瞬間、袖を強くつかまれる。
「おわっ!」
「み、皆川さんって、このクラスの皆川さんですか?」
「えっ、あっ、その……さっきのはなんだ……そ、そう。独り言だから」
「……そ、そういうのはいらないです」
「えっ、あの……」
「そこまで聞いたら、その先を聞かないとなんだかむず痒いです。私、もやもやします」
「し、知らないよ……」
彼女は言い訳など時間の無駄だとでも言っているように、首を横に振って俺の言葉を全否定しているかのようだった。
全く聞き耳を持たない様子で、再度畳みかけてくる。
「い、妹と、舞と仲良しなあの皆川さんですか?」
「……たくっ……ああ、その皆川
そのまっすぐな瞳と興奮したように赤くなった頬、そんな初めて見る唯さんの姿に俺は圧倒されてしまった。
魅入られてしまったというのが適切かもしれない。
だから
なんだか怯えも口ごもりも少ないし、こっちが素の佐久良唯さんなのか?
普段は猫を被っている、ってわけでもなさそうだけど。
「それはありえません。皆川さん、中学のころから妹と一番の仲良しなんですよ」
「それはそうなんだろうけど。先入観に捉われていたら、真実は見えないよ…………可能じゃないものを無くしていって最後に残ったものが、それがどんなに信じられないものでも真相なんだ」
「っ! そ、それって……」
唯さんがミステリを嫌いでないことはその反応を見ればすぐにわかる。
「考えてみなよ。どの写真も至近距離から撮られてる。その距離から写真を撮れば、本人が気づかないわけないだろう。しかも1回きりじゃないんだ。つまり佐久良舞を撮っても怪しまれない関係じゃなきゃそもそもその距離で写真に収めることは不可能だ」
「……この一見際どそうな着替え写真も皆川さんだからこそ、撮れると」
「そういうこと。どういうつもりで本人に写真を送ったのかその意図はわからないけど、騒ぎになったとき、彼女だけはいつもより君の妹との距離が遠かった。表情もどこか俯き加減でもどかしそうな……たぶん大げさにするつもりなんてなかったんじゃないかな……まあその意味は分からないし、推測だけで証拠のない俺の空論だ」
「よ、よく見てますね」
「そ、それじゃあ。また明日……」
完全に喋りすぎた。これ以上はまずい。
後ずさりを始めたが、唯さんはそれを許さないとばかりに引っ張る力を強めた。
「樋口君の言っていることが正しいか、私が一緒に確かめます」
「はっ……いやその必要はない。もうすでに結論は出した。たとえそれが正しくなかろうと俺には関係ない」
「なに言ってるんです! 真相を解き明かすのは探偵の定めです!」
「お、俺、探偵じゃないし」
「また写真を入れるかもしれませんし、朝早いほうがいいですよね? 待ち合わせ場所は……駅前にしましょうか?」
「……」
「樋口君、聞いていますか……?」
普段の教室での彼女とは別人で、結構強引だった。
妹の件だから熱が入っているのもあるだろう。
でもそれだけでなく、俺と同じでいつもと違うこと、その謎に興味を示しているのかもしれない。
対する俺もいつの間にか持ち前のコミュ障を忘れてやり取りしてしまっている。
こんな事いつ以来だ。唯さん相手ならちゃんと喋れるじゃないか。
「1つ聞くけど、唯さん、俺のこと怖くないの?」
「えっ、全然怖くありません。怖いわけがないじゃないですか……えっと、その訳を聞きたいですか?」
入学以来ぼっちなこともあり、その返答は予想外。
疑いの余地がないくらい断言してくれて、なんだか胸が少し熱くなった。
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