第4話 わずかな変化
早朝ということもあり、肌に触れる風はまだ少し涼しく感じる。
学校までの風景もいつもとは違う。
すれ違う大半は、サラリーマンやOLさんの姿が多く少し急いでいる様子だ。
入学以来一番の早起きだった。
必然的に眠気眼で欠伸が出る。
いったい何をしてるんだろうなと思いながら唯さんとの待ち合わせ場所へ向かう。
「あっ、お、おはようございます。樋口君」
「……お、おはよう」
黒髪ロングといつものレンズの大きい眼鏡は変わらない。
だが俺とは違い、レンズの奥の目元はパッチリ。
口元は緩んでいて頬もピンク色に染まっている。
それだけでなんだが普段より何倍も魅力的に映った。
「ど、どうかしました?」
「い、いや、機嫌が良さそうでなによりだと思って……」
「は、はいっ! 樋口君の言う通りなら今日で舞へのいたずらは終焉するはずですから」
「……」
何も言わず俺が歩き出すと、唯さんは隣を歩くようだ。
置いていかないよう彼女の速度に合わせる。
「来るでしょうか、皆川さん」
「……」
「むっ、来るでしょうか?」
「はあ……なんであんなことをしているかにもよるかな。俺の印象だと罪悪感は抱えていたみたいだから。まあ少なくともクラスメイトで気づいてる人はいなかったし、まだやっても大丈夫と思っていても不思議じゃない」
「樋口君は気づいてたじゃないですか……」
「お、俺はクラスメイトの枠に入ってないよ」
「あ、あの、つかぬ事をお聞きしますが……どうして
「生憎そんな素敵なコミュニケーション能力は持ち合わせてないんだよ。人と話すのが苦手になっちゃって。それに……本位でないとはいえ、先生含めていきなり怖がらせちゃったのは事実だからさ」
「で、でも……」
「……いや、ちょっと待って。なんで何も言ってないのに誤解だって思ったの?」
「っ! そ、それは……わ、私の灰色の脳細胞が、そ、そういっていて」
何の前触れもなく唯さんは口ごもる。
今のは確認したわけじゃなく、何か確信を持っている聞き方だった。
もしかして何があったのか知っているのか?
それなら、あの場に居合わせてたと考えるのが妥当だった。
まあ何か訳があって言いたくはないのかもしれないし、無理には聞かない方がいいだろう。
それにしても、灰色の脳細胞。咄嗟に出た言葉がそれか。
それは推理小説好きなら誰もが知る有名な探偵の口癖みたいなもの。
どうやら唯さんがミステリ好きなのは間違いなさそうだな。
本当に謎を解明できると思っているのか、やはり機嫌が良さそうだ。
鼻歌まで漏れ聞こえてきている。
事件について人には話すつもりはなかったのに。
今も一言紡ぐごとに心がざわつく。その都度ストップを掛けたくもなる。
なるんだけど、なんだか彼女の澄んだ瞳に見つめられると逃げられない。
それどころか、なんだか大丈夫と励まされているような感じも受けてしまう。
今更黙っても仕方ないと心のどこかで諦めているのかもしれない。
「……」
「あ、あの、樋口君もミステリ好きなんですね」
「好きだよ……」
「っ……わ、私もです……」
互いに口ごもりながらも、校舎まで話しながら入った。
理由はどうであれ、高校入学以来誰かと登校するのは初めてだ。
そう思うとちょっとだけ感慨深かった。
上靴に履き替え、下駄箱の傍の壁に隠れるようにして二人で待ち伏せする。
スマホで時間を確認すれば、そろそろ運動部が登校してきそうな頃合いだった。
その時、周りを警戒しているように左右を見回しながら皆川さんがやってくる。
唯さんは彼女の姿を目視するや信じられないというように口元を抑えた。
「「……」」
そんな唯さんに俺はしーっと人差し指を立てて合図する。
皆川さんはとある下駄箱をじっと見つめた後、ゆっくりと開けて中に何か入れたようだった。
少しの間そこで立ち止まっていたが、やがて一度ため息をついてこちらへとやってくる。
唯さんは彼女の道をふさぐように隠れていた壁から出た。
「っ!」
誰かいるとは思っていなかったんだろう。
彼女は心底驚いたように目を大きくした。
「す、少しお話があります」
唯さんの言葉に観念したように皆川さんは下を向いて頷く。
下駄箱付近で話をしているとやがてクラスメイトたちが登校してきてしまうだろう。
なので俺たちは普段はあまり生徒が立ち寄らない空き教室へと移動する。
「よくわかったね。私が下駄箱に入れてたこと」
「そ、それは、樋口君が……」
「そう、なんだ……」
「え、えっ、えっと……ど、どうして舞の写真を本人に送ってたんですか?」
「舞ちゃん人気者だから、高校でもすぐに友達がたくさんできて……」
「そ、そうですね。新しいお友達たちとも放課後よくお出かけしているみたいです……」
「うん……日に日に私と話してくれる時間も減ってきちゃって……このままじゃ中学の時みたいに一人ぼっちになっちゃう気がして……それが怖くて、だから私、舞ちゃんに気付いてほしくて……」
「そう、だったんですか……」
やりすぎだし行き過ぎた行為だ。もっと他の方法もあったはずだ。
とても褒められるような行為ではない。
だが皆川さんなりに悩んで何かしようとした結果が写真を送り付けるということになったのだろう。
表情を歪め、苦しみながら心の内を吐き出す彼女は噓をついているようには見えない。
俺は最後まで見学しているつもりだった。
唯さんに話はすでて任せるつもりだったけど、我慢していられない。
「時間がたつごとに撮られている写真は至近距離になっていた。あれはすぐそばにいるよ。話をしようっていうメッセージでもあったのか」
「うん……」
「余計なお世話になるけど、言葉にしなきゃ伝わらないことってあるよ。勇気はいるかもしれないけど、写真を送り付けるよりもそっちのほうが確実にちゃんと伝わる」
「そ、そうだね」
「妹なら、舞なら友達をひとりぼっちになんてしないはずですよ。それでも不安ならちゃんと伝えたほうがいいです。きっとわかってると思いますし」
「本当にごめんなさい。こんなつもりじゃなかったのに。どんどん騒ぎになっちゃって。男の子たちは犯人捕まえるって言ってたし、でもそんな中で私ですなんて言えなくて……」
「ひ、樋口君、どうしましょうか?」
唯さんは困ったような顔で俺に助言を求める。
「どうするかは唯さんに任せる……」
「私よりも樋口君の方が、いい案があるんじゃないかと……」
「……じゃあ、これからいうことは独り言だよ。周りには何も伝えなくていい。ただしもう写真は送らないこと。佐久良舞さんには勇気を出して本当のことを言うこと。怖がったり、傷ついたりしているかもしれないからね。ちゃんとそこは安心させてあげたほうがいい」
「そうですね。それがいいと思います」
「でも……」
皆川さんはそう不安そうに口にし、こっちを見る。
「約束してくれるなら、俺たちなら黙っているから心配しなくていいよ。ねっ、唯さん」
「も、もちろんです」
「君は被害を被ったかもしれない佐久良舞さんのフォローだけすればいい」
皆川さんは俺と唯さんに深々と頭を下げ、廊下に出ていく。
「あ、あの、あ、ありがとうございました。謎を解いてくれて」
「いや、お礼を言われることは……この謎は解かなくてもいずれ解決してたはずだ。皆川さんが遅かれ早かれ自供したと思うし」
「それでも私すごくスッキリしています。樋口君がクラスメイトで本当に良かったです」
「っ! それをいうなら俺もだよ……」
その穢れのない唯さんの満面の笑顔に思わずドキッとする。
謎解きをしてしまったのはやはり大きな反省だ。今も不安が過っている。
でも、それでも、少なくとも彼女が喜んでくれたのなら良かった、のかなと少しだけ思った。
この日以降、佐久良舞に対するいたずらのような盗撮写真事件はピタリとやんだ。
時間がたつごとに教室内からは犯人捜しするような誰かを疑う空気は消え、平穏を取り戻していく。
「ちぃ、犯人のやろう。俺たちが血眼になって探し出したんで臆病風に吹かれたか」
お調子者の男子が残念がるように、言っているのが印象的だったがこの事件は幕を閉じたのだ。
俺はといえば翌日は普段通り1人での登校。教室に入ると、
「今度はちゃんとしたラブレターっぽいね」
「こらだめ、内容まで覗かないの」
「お、おっ……」
「い、いこう……」
すっかりいつも通りを取り戻した陽キャたちのやり取りを一瞥し、挨拶しようとするもやはり不発に終わる。
それどころか逃げられる始末。
「……おはよう」
背を向けて席に行こうとする最中、小声だけど挨拶が聞こえた。
小さな声だったのでわかりづらかったけど、その声の主は皆川さんだろうか。
彼女は変わらずグループ内に姿がある。
自分の席へと座れば、唯さんと目が合う。
唯さんはグッジョブと言わんばかりに親指を立て、
「ありがとうございました」
そう口元を緩めてお礼を言った気がした。
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以上が最初のエピソードになります。
お忙しい中、目を通してくださりありがとうございます。
作者自身、双子でありましてこれはキツイ、これを言ってくれると救われる等少しだけですが実体験を交えて、唯の方に感情移入しすぎないように注意しながらこの物語を作ってます。
物語はまだ始まったばかりです。これから色々と問題など起こりますが、最後まで見守ってくださるとありがたいです。
本作品はカクヨムコンテストに応募しているので、作品のフォローや☆で応援等してくだされば本当にうれしいです。感想もお待ちしています。
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学園のアイドル「じゃない方」の女の子と友達になった俺は、彼女の見た目が偽装であることを知っている 滝藤秀一 @takitou
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