第2話 盗撮写真
入学早々のやらかしもあって、ひとりぼっち。
本来思い描いていたのは、毎日の登校時もクラスメイトと和気あいあい。
そんなありきたりにも思うことでさえ、今の俺にとっては夢のまた夢だった。
憂鬱な気持ちを抱えながらこの日も一人寂しく教室へと入ると、今日も陽キャグループたちが騒がしい。
「うわっ、またそれって愛の告白……」
「年中もらってるじゃん。罪な子だなあ」
「なんとでも言いなさいよ……ちゃんと返事はしてるんだから」
どうやらイケてる佐久良さん、佐久良舞の方がラブレターをもらったらしい。
彼女にとってもはやそれは日常茶飯事のイベントごと。
リア充な毎日だなと席に座って羨みながらぼんやりと視線を向ける。
「……」
「ねえ、それって……」
「う、うん、これ私の写真……」
封筒から取り出したものを見つめる面々。
一瞬にしていつもは明るい空気が淀んだ気がした。
舞さんの顔は困惑に満ちている。
どうやら今回は熱烈な言葉が書かれたものじゃないらしい。
いつもは茶化すような周囲も今回は口をつぐんだり、表情をこわばらせている。
「な、なんかやばくない」
「その笑顔、それってさ……数日前にみんなでゲーセン行って遊んだときのじゃない。ほら新しいぬいぐるみ取ろうって」
「そう、かも……」
「いつ撮られたのかな……?」
「んっー、いっぱい人がいたから、わかんないよ……」
少しずつざわつきだすグループ。
入っていたのは写真だけのようだ。
その不気味さはだんだんと周囲に感染するように伝わっていった。
話に聞き耳を立てていた、特に舞目当ての男子たちには到底看過できない話題だったのかもしれない。
「なあ、もしかして隠し撮り?」
「もしかストーカー、とか……」
「ふざけた野郎がいるなあ」
「うーん……いい写真取れたから渡したかっただけかもしれないし、そんな大げさに考えないでよ」
撮られた本人が一番冷静のようだ。
少なくとも動揺して周りを心配させないようにしているように映る。
もしかしたら前にもこんなことがあったのかもしれない。
たしかなことは、入っていたのはいつもと同じようなラブレターじゃなく、知らない間に取られた写真。
不謹慎だけど、思わずほほが緩んだ。
普段との違い、不思議なこと、そんな謎めいたことが久しぶりに俺の心を熱くする。
気が付けば、あっという間にクラス中の関心事となっている雰囲気になっている。
そこに立ち入らない俺以外のクラスメイトが一人。
佐久良唯さんだ。
彼女は一瞬だけ顔を上げ、妹の方を見つめたがいつものこととばかりに再び読んでいた本に視線を落とした。
その翌日も同じような隠し撮り写真は佐久良舞のもとに届いたらしい。
さらにその翌日も。
「ちょ、さすがにこの写真はまずくない!」
「うわっ、もうそれグラビア写真じゃん! いい肉付きしてるなあ」
「あのねえ、そんなこと言ってる場合じゃ……これ、体育の時、着替えてるとき、かな……?」
舞さんは手に持っていた写真を見つめ、その顔をしかめていく。
「いたずらにしては度を越えてない?」
そのさらに不穏そうな空気を感じた周りの男子。
彼らは舞たちのグループの中へと入っていこうとする。
「なあ、それってどんな写真……ちょっと見せてくれよ!」
「あー、ちょっとこれは……男の子たちは見ちゃダメな代物かも」
「マジか! なんて羨ましい写真を。いやいやけしからん写真を」
「イケてる佐久良をこのまま撮られ放題にしていて、お前らいいのか! 犯人はどこぞのスケベな奴に決まってる」
「そうだな。俺らで捕まえてやろうぜ」
「そしたら写真見せてくれ」
「……ほんと、男の子ってスケベ」
男子たちは異様な盛り上がりを見せていた。
クラスのアイドル的な舞さんにいいところを魅せようと思っているのかもしれない。
その様子に女子たちが怪訝な顔をしている。
そんな中、俺は舞さんのグループの様子がなんだかいつもと違うことに気が付いていた。
(普段はもっとあの子近くにいたような……?)
「あ、あの……」
その不穏な空気にあてられたのは男子連中だけではなかったようだ。
佐久良唯さん。
我関せずという体を取っているように見えた彼女はおもむろに妹に近寄っていき、
「な、なに、お姉ちゃん?」
「う、ううっ……ちょ、ちょっと、写真を、その、見せて、ください。い、今までのも……」
「う、うん……」
スカートをぎゅっとつかみおどおどしていたと思ったら、唯さんはやけに鋭い視線を写真に向け、
「……こ、これ、ちょっとだけ借りてもいい、ですか……?」
「それはいいけど……お姉ちゃん、どうするの?」
「……か、考え、ます……」
姉妹が話しているのを教室内で初めて見たのは俺だけはなかったようだ。
みな呆然としたように成り行きを見守っていた。
妹を相手にするときもなのか、周りに人がいるからそうしているのかわからない。
だが終始恐る恐る敬語でやり取りしていた。
唯さんが写真をもって席へと戻るとき、ちらっと写っている舞の姿が見える。
際どい写真もそうでないものも、割と至近距離から撮られているものだった。
(そういうこと、なのか……)
思わず口元が緩んでしまい、奇妙な顔になってしまったのかもしれない。
「ねえ、ちょっと……」
「うわっ、こわっ!」
「……」
俺の笑みに周囲の怖がる声が聞こえた。
「えっー、この件で何か気づいた人やわかった人がいたら報告してください」
俺はその声にピクリと眉を動かすだけで、何も言わなかった。
この件の全容はほとんどわかったが、現時点で証拠もない。
それに、もしこの推理が外れていたらこの先なんといわれるかわからない。
何より、中学時代の失敗もある。
俺は決して関わってはいけないんだと肝に銘じた。
肩ひじをついて窓の外を見つめる。
この謎事態にもう興味はない。
そう自分に言い聞かせ、熱くなっていた心を少しずつ冷やしていった。
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