学園のアイドル「じゃない方」の女の子と友達になった俺は、彼女の見た目が偽装であることを知っている

滝藤秀一

第1話 学園のアイドルじゃない方

 高校入学初日。

 俺、樋口ひぐち敬大けいたは過去の自分を変えようと高校デビューしようと髪を少し変えた。

 ちょっと悪そうに見えるけど、話すと全然違うというギャップをも狙い人気者へ。


 そういう算段だった。


 緊張と期待に胸を膨らませ家を出る。

 こんな時に限ってちょっとしたアクシデントに遭遇してしまうが、それを乗り越えて校舎へとたどり着いた。

 すでに遅刻寸前だ。

 チャイムを聞きながら教室へと急ぎ、息を整えるのも後回しにして扉を開ける。

 すでに俺以外の生徒は全員着席していて、担任の小柄な先生も教壇へと上がっていた。


 皆の視線が一斉にこちらへと向く。

 緊張していたこともあって少しドアを強く開けすぎたのかもしれない。


 一気に緊張してくる。

 ここに来るまでにあったことを自己紹介とともに明るく朗らかに、そして軽快に伝えようとしていた。

 だけどそんなにうまくはいかない。

 注目されている。

 そうおもうだけで、頭の中は真っ白になってしまい呆然と立ち尽くしてしまう。


 自分のコミュ障が何とも憎らしい。


「え、えっと……ひ、樋口敬大君、だよね。随分と汚れちゃってるけど、どうしたの、かな?」


 沈黙を破ったのはクラス名簿に目を落とす先生だ。

 その表情はなんだか小動物のように怯えているかのようだった。

 なんだろ、そんなに怖い見た目になってるのだろうか?

 制服が汚れちゃっているのがいけなかったか?

 そういえばなんだか顔もずきずき痛い気がする。


 走りながら鏡でチェックして来ればよかったかもしれない。


 その問いに俺はすぐに返答できなかった。

 まだ呼吸もちゃんと整っていないのも喋れない訳の一つかもしれない。

 何より口の中がじゃりじゃりするような気がしていると思ったら、こみ上げてくるものがあって我慢できなかった。


 ハンカチで抑えようとしたが間に合わず、そのまま床に吐き出してしまう。


「おえ…………あ!」

「ひ、ひい……」


 視線の先が赤く染まる。どうやら口の中を結構切ってしまっていたらしい。

 先生はといえば叫び声のようなものを上げて瞳を涙にいっぱいにして腰を抜かせていた。


「えっ……あっ、これはその……さっき出くわした、トラブルが原因、で……」


 今更ながら登校時に起こった出来事をきちんと説明しようとしても、もはや後の祭りだった。



 ☆☆☆



 それからはやいもので2か月が過ぎた。

 じめじめした季節を迎えたはずだが、それを忘れたかのように太陽は元気に顔を出し茹だるような暑さが続いている。

 だが天気とは裏腹に俺の心は入学以来曇りっぱなしだ。


 俺、樋口敬大は高校デビューをものの見事に失敗した。

 当然だ。いきなり先生の前で血を吐く生徒がどこにいる。

 ほんとにどこにいるんだよ。

 ギャップを狙った見た目もこうなると逆効果は明らかだ。

 すっかり怖い人、ヤバい人、近づいちゃダメな人が定着した結果。


 教室に入れば、


「ねえ、見てみて。今日から夏の新作が出るんだって。放課後食べに行こうよ」

「ちょっと最近スイーツ食べ過ぎじゃない」

「えっー、別腹っていうじゃん」

「言うけど、でもちゃんと脂肪という名目でお腹が膨らんでいくんだからね」

「……その割に舞っちのお腹出てないじゃん」

「きゃあ! ちょ、ちょっと変な触り方しないでよ。私、くすぐりとか弱いんだから……ひっ!」


 教壇の近くで楽しそうに話していた陽キャたち。

 だが俺の姿を視界にとらえた瞬間に、先ほどまでが嘘だったかのように悲鳴を上げる。


「お、おっ……」


 持ち前のコミュ障が発動し、またも上手く挨拶できなかった。

 そんな俺を責めないでほしい。


「そ、そうだ。まだ出された課題やってなかったよね」

「舞ちゃん、教えてよ」

「しょ、しょうがないなあ」


 途端に目をそらされたり、小声になって、陽キャたちは遠ざかっていく。


 大きなため息をつきながら俺はといえば席に着き、先ほどの陽キャのグループを眺める。

 いつも教壇の前に集まっている女の子たち。

 その一角だけやけに華やかな雰囲気が漂っている。

 その中でも一番目立っているのが、先ほど舞と呼ばれていた佐久良さくらまい

 レイヤーの黒髪セミロング、大きな瞳が特に印象深い。

 その整った顔立ちと明るい性格でクラスの中心的存在。

 男子生徒たちからは、クラス1の美少女、学園のアイドル、イケてる方などと呼ばれている。

 入学前からそのポジションを夢見た俺としては彼女を羨ましくいつもついつい見てしまう。

 頑張ってみたのだけどな、現実というのは残酷だ。


「やっぱ今日もいけてる方の佐久良さんは目の保養になるぜ」

「絶対挨拶してくれるもんな。あれで今日も一日頑張ろうって思えるからなあ」

「単純な奴……俺らには高根の花だろ。なんか先輩たちも狙ってるって話聞くしな」


 男子たちからそんな声が漏れ聞こえてくる。

 絶対挨拶だと……それは言い過ぎだ。現に俺はされていないぞ。

 それはともかく、イケてる方と言われているのは理由がある。


「あっ、うっ、ううっ……」

「え、えっと……な、にゅ、ゆ、ゆいさん……」


 顔を上げれば、やけにきょどっているクラスメイトがいた。

 こっちも同じようにきょどりながらも何とか要件を聞き出そうとする。


「ひ、樋口、くん…………きょ、今日、日直みたいだから…………そ、その、日誌取りに行かないと、だそうです……」


 若干肩を震わせていて、目を合わせず、しどろもどろ。

 だが、かろうじて用件は伝わった。


「わ、わかった。あ、あの、ありがとう。えっと……さ、じゃなくて、ゆ、唯さん」

「…………う、うん」


 彼女こそ、このクラスのもう一人の佐久良さん。佐久良ゆいさんだ。

 艶のある長い黒髪を三つ編みにして、眼鏡を掛けている彼女はイケてる方のお姉さん。

 つまり双子の姉妹。

 なんだけど、分厚い眼鏡をしているせいでせっかくの美人が覆い隠されてしまっている。

 その雰囲気はまるで変装でもしているかのように妹と似てはいない。

 性格も違うから、余計にそう思ってしまうのかもな。


「「……」」


 だが、しかし、どうしてか初日のあの惨劇を見ても、唯一このクラスで俺に喋りかけてくれる女の子であり、クラスメイト。

 といっても、連絡事項以外は喋ったことはないけど、ほんとにありがたく思う。

  そんな唯さん相手にも、喉に引っかかったみたいに言葉が出てこなかった。

 変に思われただろうかとびくびくしながら唯さんの方を見る。


 彼女は一瞬キョトンとした後、深々とお辞儀をしたと思ったら、逃げるように自分の席へと戻っていった。


「じゃない方、樋口とよく喋れるよな……」

「怖いもの知らずなんじゃね」

「両方ともぼっちだから、気が合うとか……うっ……あ、あの、す、すいません!」


 唯さんと俺の様子を見ていた男子生徒たちの方を見れば、慌てたように視線をそらされた。

 怖がられているという典型的な反応。

 俺の方は自業自得だけど、唯さんを悪く言われるのはとても申し訳ない。

 まったくどうしてこうなってしまったんだ。


 そのじゃない方と呼ばれている佐久良唯さんと深く関わることになるとは、この時は夢にも思っていなかった。

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