第22話 犯人

「んっ、んんっ……」


 鼻にツンとした刺激臭でバルバラは表情を歪ませ、無理矢理覚醒させられる。


「起きたか?」


 知っている人間の顔。リズという名の聖騎士だ。

 バルバラは室内を見回す。初めての場所。眠らされている間に連れてこられてらしい。


「んっ? 何だこれは?」


 どうも手が上がらないと思ったら、手枷が嵌められていたる


「罪人用だ。魔法を使えなくする魔道具らしい」


「ふっ、そうか……わたしはこれより人間の法で裁かれるということか」


 バルバラの召喚した魔獣でかなりの人間が死んだであろうから死刑は免れないだろう。


「わたしはどのくらい眠っていたのだ?」


「三時間ほどだ」


「三時間だと? 貴様がここにいるということは既に街に溢れた魔獣の鎮圧にほぼほぼ成功したのだろ? 侮っていたよ。思いのほか優秀じゃないか?」


 とはいえ三時間あればかなりの人間が魔物の餌食になっているはず。故に彼女の腸は煮えくり返ってるに違いなかった。

 リズはバルバラの言葉を無視して、


「立て。我が主が貴様に会いたいそうだ」


「……プリムローズ王女殿下か? わたしには話すことはないが、まあいいだろう」


 従わなければ力づくでも連れて行かれるのは目に見えていたので素直に従うことにする。


「妙な気を起こすなよ。もし何かするようであれば即刻貴様の首を刎ねる。いいな?」


「何もせんよ。というより魔法が使えなければわたしに何かする力はないよ」


 バルバラは正直にそう言った。




「プリムローズ様。お連れしました」


 バルバラはプリムローズ王女の執務室に通された。

 部屋にはプリムローズの他には侍女らしき黒髪の女とバルバラをここまで連れてきたリズだけであった。


「それにしても近いな。わたしに暗殺スキルがあったらこの距離でも王女殿下を殺すことは可能だろう。ここまで通した時点で警備に不備があった言わざるを得ない。ここの聖騎士は無能しかいないのか?」


 リズがバルバラをギロッと睨みつけてくる。


「ならば今すぐ貴様の首を刎ねてやろうか?」


「リズ。剣を下ろしなさい」


 プリムローズは剣に手を掛けたリズを窘めてから、


「無理を言ってここにあなたを呼び寄せたのはわたくしです。鑑定スキルであなたのステータス等は鑑定させていただきまして、魔力さえ封じれば差し当たって脅威はないと判断させていただきました」


「なる……ほど。それで王女殿下様はわたしに何用か?」


「まずはあなたの名前をお聞きしても?」


「……バルバラだ」


「バルバラさんですね? バルバラさんには他にお仲間はおられますか?」


「今回の件でレッドランドに攻撃を仕掛けたという意味での仲間であれば存在しない。わたし一人で計画を立て、実行も単独で行った」


「なるほど。仮にそうだとしてもわが国民は納得するでしょうか?」


「どういう意味だ?」


「今回の件がエルフであるあなたの犯行であると公になればわが国民はエルフという存在に悪感情を抱きかねない。それは今後のエルフと人間の共存を考えるに当たって障害になりかねません。そこでバルバラさんに提案させていただきたいのですが……」


「何だ? 何が言いたい?」


「どうでしょうバルバラさん。わたくしの配下になりませんか?」


「?」


「バルバラさんには我が国とエルフの里との懸け橋になっていただきたいのです。どうでしょうか?」


「何を言っている? 貴様の民を虐殺したエルフを両国の懸け橋に、だと? 死を目の当たりにし過ぎて王女殿下は気でもお触れになったのか?」


「わたくしは正気ですよ。それにあなたは結局我が国の民を傷つけることはできませんでしたね」


「な、何だと……! あれだけの魔獣を召喚したのだぞ? たとえ貴様の聖騎士や王国騎士が優秀であったとしても少数でどうにかなる数ではなかったはず……ど、どういうことだ!」


「わたくしが聖女としての責務を果たした……ただそれだけです」


「聖女の責務……結界を新たに張りなおしたというか?  しかし増幅装置はわたしがこの手で……」


 バルバラはそこで少し黙考して、


「そ、そうか……『アゲチン』か……『アゲチン』を使ったのだな?」


 プリムローズはその問い掛けに無言のまま肯定するように笑みを浮かべた。どうやら正解であったらしい。彼女は『アゲチン』で能力を上げて増幅装置なしでレッドランド全体を覆う結界を張り直してバルバラが召喚した魔獣を掃討したのである。


 しかしそのやりとりに顔を顰めた者がいた。リズである。


「プリムローズ様? その者が申していることは事実とは異なりますよね? ルイザの魔道具で一時的に能力を上昇させてレッドランド全体を覆う結界を発動させた……わたしはそう聞きました。そうなのですよね?」


「それは民に向けての説明です。なぜあなたまで信じているのです?」


「で、では本当に……」


 するとリズは黒髪の侍女の許にツカツカと歩み寄り、胸倉を掴み上げて、


「き、貴様……プリムローズ様にまで……」


 どういうことだろうか? 話の流れ的にこの黒髪の女性がスキル『アゲチン』の持ち主なのだろうか?

 しかし『アゲチン』は男性のスキルのはずで……


 ああ、そうか。おそらくこの女、おちんちんがついている!


「だからおやめなさい。わたくしから申し上げてお願いしたことですよ?」


 プリムローズが黒髪に突っかかっているリズを窘めるように言った。


「し、しかし……」


「あなたが今自分にできることをしたようにわたしも今自分にできることをした……ただそれだけ。それにこんなことで大切な民の命が守れたのであれば安いものです」


「ですがプリムローズ様は今後縁談を控えておられて……」


「もしこのことが相手方に伝わり難を示すようであればそんな殿方こちらの方から願い下げです。とりあえずこの話はあとです。今はバルバラと話しています。よろしいですね?」


「はい、失礼しました」


 リズが不満そうな顔をしながらも引き下がるとプリムローズが「さて……」と仕切り直して、


「わたくしはあなた方エルフと和平を結びたいと考えております」


「和平……だと?」


「はい、そうです。レッドランドは長く平和が続き、民たちは皆穏やかです。それ故に他種族の受け入れも他の国よりは偏見なく進むと考えております。民はエルフ種を快く受け入れてくれることでしょう。仮に障害があるとすればエルフ側が人間をどう捉えているか、です。先日エルフの里が襲撃を受けたという話でしたが?」


「そうだ。わたしの村は一瞬にして消滅した。村の長たちがそんなことに応じるわけがない」


「犠牲者も多く出たということでしょうか?」


「犠牲者は幸いいなかった。住まいなどの居住区を焼き尽くされただけだ」


「つまり金品だけ奪われ命は見逃されたと?」


「金品を奪う以前に、村の外からの攻撃だったらしい。一瞬にして炎の魔法で居住区は燃え尽き、次に何故か氷の魔法を撃ってきて沈静化したと聞く。たまたま祭りで皆が居住区から離れていたからよかったものの、そうでなければ皆死んでいたことだろう」


「……あっ!」


 今まで沈黙していた黒髪の女が何か思い出したように声を上げ、口を押えた。


「ショウコ? 突然どうかしましたか?」


「あ、いえ……それっていつ頃の話なのかなぁ~、なんて思いまして」


「そうですね。わたくしもそれは気になっていました。エルフと人間では時間の感覚も違うと言います。バルバラさん、それはいつ頃の出来事であったのですか?」


「半年前だ」


「半年って……つい最近ですね? であれば情報が流れてきそうなものですが……どういうことでしょうか?」


「どうもこうもないが……それよりそこの女? 何か知っているのか?」


 先程から明らかに挙動がおかしくなったショウコという女を不審に思いながらバルバラは訊いた。


「あの……え~っと……ちょっとリズさんと相談が?」


 言ってショウコがリズと部屋の片隅でコソコソとやり始めて――


「プリムローズ様? 地図を拝借します」


 リズが棚から地図を取り出しバルバラの前で拡げた。


「レッドランド周辺の地図か? これがどうした?」


「バルバラ? エルフの里はどこだ?」


「襲撃があった後に集落ごと移動したばかりだ。どこから情報が洩れてるかわからぬ以上、人間どもに教えるわけにはいかぬ」


「今ではなく襲撃があった地点だ。それなら問題ないだろう」


「それならばまあいいだろう。かつてのエルフの里の場所は――」


 バルバラは動かしづらい腕と口頭で襲撃されたかつてのエルフの里を指し示し伝えた。


 するとリズは大きく頷いて、


「プリムローズ様? 犯人が判明したかもしれません」


 と、言った。


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