第15話 結界

「ショウコ。聞きましたよ? 大変だったみたいですね?」


 プリムローズが嘆息混じりに言った。


「も、申し訳ありませんでした。ご迷惑をおかけします」


 翔馬はリズに救助された後、プリムローズに呼び出されたのである。もちろんショウコとして身支度を整えている状態。


「大浴場を使えと言ったのはわたしですからそこはわたしの落ち度です。なので皆にはわたしからも謝罪致しますわ」


「た、助かります。プリムローズ様」


「ただ、聖騎士セシリーに踏まれて興奮したというのは擁護できませんわ。ごめんなさい」


「い、いえ、あれは踏まれたから興奮したのではなくて――」


「そこの言い訳は結構です。これから聖騎士を招集して会議が行われます。ショウコ……あなたも参加なさい」


「わ、わたしも参加するのですか?」


「当然です。あなたにもかかわりがあることですから」


「わ……わかりました」


 翔馬は観念し、それに従うことにした。




「お入りください、プリム様。城にいる者たちは皆集めさせました」


 かつては聖女の盾とも呼ばれていた女性だけで構成されたレッドランドの聖騎士たちが会議室に集められていた。


「ありがとうございます、ラケシス……」


 ラケシス副聖騎士長に礼を言い、プリムローズが会議室に入室する。

 その後をラケシスの冷たい視線を感じつつ翔馬も続く。


 プリムローズは中央の席の横の席に立ち、軽く頭を下げる。


「みなさん、お忙しい中お集まりいただいてありがとうございます。どうぞお座りください」


 言って皆に着席を促し、自身も椅子に腰かける。

 翔馬はプリムローズの背後で立ったまま待機。


 やはり皆の視線が痛く、顔が上げられない。


「さて、皆さんにお集まりいただいたのはいい知らせをするためではありません。先程報告を受けてその事の重大さに一刻も早く対処せねばならない事態に陥ったためです」


 翔馬はこれから詰められるのかと観念しつつ、プリムローズの言葉に耳を傾ける。

 そしてプリムローズが続けて言う。


「西の増幅装置が何者かによって破壊され、結界が破られました」


 思いを寄らぬ内容に、翔馬は「あれっ?」と眉を顰める。

 その翔馬の反応とは異なり、会場はざわつき始めていた。


「結界が破られとは? それはつまり増幅装置が修復されるまで、魔族の襲撃があるかもしれないということですか?」


 一人の聖騎士が訊いた。


「はい。その通りですが……とりあえず異国出身の者や聖騎士なり立てで不勉強の者もいると思いますし、結界について説明したいと思いますが……ラケシス? お願いできますか?」


 プリムローズに指名され、副聖騎士長のラケシスが立ち上がり、結界について詳しく説明してくれた。


 レッドランドは聖女の結界によって守られ発展した西の大陸で最も豊かな都市であった。

 結界を張れるのは聖女――即ち、プリムローズの血族のみであり、聖女が東西南北の四か所に設置した増幅装置を発動させることによって結界の力をより強固にし、魔の存在の侵入を完全にシャットアウトするのだという。

 ちなみに魔の存在には人間によってランク分けされており、人間の力ではどうにもならない超災害級の魔物、魔獣、魔族はS級とされており、最も危険視されていることもあり、何があっても通してはいけないため、増幅装置が一つでも発動していれば侵入を防ぐよう設計されているとのこと。


 しかしそれ故に一つでも壊されたらS級より弱いA級以下の魔物は素通りできてしまうのだという。

 S級より弱いと言ってもA級で人間最強クラスのリズなら何とか対処できるレベルであったりするらしいから、S級がどれほどやばいのかは今日初めて聞く翔馬ですらその恐ろしさがわかった。


「そうなると、問題は誰がどういう理由で増幅装置を破壊したか、ですが……なにか分かっている点は?」


 と、リズが訊いた。


「目撃証言によれば増幅装置の異変に気付く前に不審な人物が確認されております」

 ローブを纏った魔導士風のおそらくは女性と思しき人物が増幅装置の周辺で目撃されていた。


 ただしその者が事件に関与したかは不明であり、仮に事件に関与していたとしてもその人物が魔の眷属か、隣国の工作員か……この国を恨んでいる者もしくはただの愉快犯的なものなのか一切不明だという。


「とにもかくにも警備はより一層強化しなくてはなりません。そこで皆さんにも協力していただくお願いに参りました」


 S級やA級が恐ろしいと言ってもそもそもそんな強大な力を持った魔の存在はそうゴロゴロいるわけでもないらしく、本来ならそこまで心配する必要はないらしかった。


 しかし何者かがS級の魔の存在を導こうとしているなら話は別だ。他の三つの増幅装置を破壊してS級クラスの魔の存在をこの国に送り込もうとしている可能性があるわけだから、十分に警戒する必要があった。

 そんなわけで王の騎士や兵士とともに聖女の聖騎士も警備に参加することになったのである。


「聖騎士が担当するのは増幅装置が壊された西の地区です」


 増幅装置が壊されたということは魔物が出現しやす最も危険な地域である。


「警備担当の責任者はラケシス副聖騎士長にお願いしてあります。よろしくお願いしますね、ラケシス?」


「はい、プリム様」


 ラケシスは立ち上がって、皆に向けて言う。


「増幅装置を壊した者の明確な狙いが分からない以上、リズ聖騎士長は城に残ってもらうことにしました」


 敵の狙いはプリムローズの可能性もある。リズはそれに備えるということらしかった。


「はいっ!」


 カンナは勢いよく手を挙げて、


「副聖騎士長! わたしもその選抜隊に参加したいです!」


「こらっ、カンナ……勝手に発言するな」


 と、妹を窘めるように言うリズ。


「まあ、いいじゃないリズ? 選抜は交代でと思っていたけれど、優先的に入れておくわね? わたしもあなたが入ってくれるなら心強いわ」


「はい、ありがとうございます。副聖騎士長」


 するともう一人の新人聖騎士も手を上げる。


「ラケシス副聖騎士長? 質問よろしいでしょうか?」


「何かしらセシリー?」


「わたしも参加希望ですが、今のわたしのレベルでは足手まといにはならないでしょうか?」


「それなら全然心配いらないわよ? A級というのは最悪を想定したケースであってあの辺に生息している魔物であればあなたのレベルであれば何の問題もないから」


「ありがとうございます。それを聞いて安心しました」


「他に質問がある人はいるかしら?」


 ラケシスは暫しの間を開けてから、


「いないようですね? プリム様? わたしからは以上です」


 と、言った。

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