第14話 大浴場de大欲情

 翔馬はプリムローズに呼ばれ、執務室のドアをコンコンッとノックした。


「し、失礼します」


「どうぞ」


「な、何か御用でしょうか?」 


 先程のことで呼び出されたのは明白であり、緊張した面持ちでそう問い掛ける。


「聞きましたよ、ショウコ……倉庫で何やら行為をされていたとか?」


 どこに誰の目があるか分からない。女装している際はあくまで侍女として接する決まりである。


「はい。まあ……その……すいませんでした。プリムローズ様」


「……緊張でもしているのですか? 汗だくじゃないですか?」


「えっ? あ、ああ……倉庫が蒸し暑くて……服も着込んでますし」


「そうでしたか……では大浴場で汗を流してくださいな。今なら空いているはずですよ?」


「えっ? お風呂に……ですか?」


「行為を見られてしまったのはこちらのミスです。カンナにも申し訳なく思っています。ちゃんと場所をこちらで提供すべきでした」 


「?」


「スキルでバフかけてレベル上げに行く予定なのでしょ? 違うのですか?」


 ああ、なるほど。プリムローズはカンナのレベル上げのためにスキルを発動させたかったが、場所がなくて倉庫で勤しもうとしようとしていたと受け取ったらしかった。


「はい、違くありません。プリムローズ様のおっしゃる通りです。カンナのレベルアップの仕方なくあの場所で、です」


「ですよね? カンナが犬のように発情して場所も選ばず行為に及ぼうとするはずありませんから」


「そうですよ。そんなこといたしません」


 翔馬は断言して言った。

 まあ、実際は互いに最近時間が取れずに発情して犬のように発情して場所もわきまえずに行為に及ぼうとしていただけなのだが。


「ところでプリムローズ様? お風呂というのは?」


「いつも一番最後まで待たせて、真夜中に使わせていたでしょ? 申し訳なく思ってました。なので今日は先にお入りなってください。たまにはよいでしょう?」


「いいのですか? その前に誰か来たり?」


「今から一時間くらいなら誰も使いませんから安心してください。一応係りの者に特別に使用させると伝えておきますが、ついでに清掃中の札もかけておけば入ってくる来る者もいないでしょう」


「そうですか? ではお言葉に甘えて、ありがたくお湯を頂戴させていただきます」


 せっかくなので翔馬はプリムローズの厚意を受け取ることにしたのだった。




 大浴場を貸し切りで使わせてもらって翔馬は寛いでいた。


「ふぅ~、いい湯だな……にしても白いな」


 白濁した湯。疲労を回復させる魔道温泉薬が入っているらしく、無駄に元気が出てくるお湯なのである。


「んっ?」


 ガタンッ。


 脱衣所で物音。


「えっ? 誰も来ないんじゃ……」


 翔馬は慌てて深く湯に身を浸ける。白濁しているから仮に誰かが来ても湯に浸かれば男とはばれないはず。


 しかしそもそも誰も来ないはずで……


 ガラガラッと扉が開いて、タオルを巻いた女性の姿に一瞬緊張したが、


「な、なんだ……カンナかい」


 入ってきたのがカンナでとりあえずホッと胸を撫で下ろした。


「何? 他の人の方が良かった?」


「そんなわけ……っていうか何でここに? 清掃中になってたろ?」


「うん。プリムちゃんにレベル上げするならショウマがいるからって言われて」


 どうやらプリムローズがスキル発動の場所としてこの場を提供してくれたらしかった。


「えっ? でもあんまり長居してると誰か来るかもしれないって?」


 いい湯ではあったが、念の為、なるべく早く出るつもりであったのだ。


「う~ん、一回くらいなら大丈夫じゃないかな? それともやめとく?」


 言いながら挑発するようなポーズを取ってくるカンナにごくりと息を吞み込んで、


「します! お願いします!」


 そんなわけで翔馬はこの後スキルを発動させたのであった。




「顔も声も女の子だから変な感じがしちゃった?」


 確かに何となくいつものカンナと反応が違って、翔馬は三回もスキルを発動させてしまった。

 ちなみに短期間に回数をこなしてもさほど効果はないことは既に判明していたりする。


「さすがにそろそろ出ないと誰かきそうだな?」


「そだね。もう出た方が――」


 ガタンッ。


 脱衣所で物音。


「ショウマ! いったんお風呂に……!」


「あ、ああ……!」


 二人は慌てて浴槽に飛び込んだ。

 そして扉が開いて、


「あらっ? 清掃中になってるけど入っちゃったの?」


 大浴場に顔を出したのはカンナの二期上の先輩であるメガネがトレードマークのリッカであった。


「す、すみません! すぐに出ますんで!」


 と、カンナ。


「あー、いいのよ? 清掃中になってるから変だなーと思って。清掃中はずしておくね」


「は、はい!」


 リッカはピシャリと扉を閉めて、出て行った。


「……行った……のか?」


 翔馬のその問い掛けに、カンナが自信なさげに頷く。


「た、多分……ただ心配だから、先にわたしが出て、合図したら――あっ、戻って……きた?」


 脱衣所に人の気配があった。


「ど、どうする? ちょっとカンナが先に出ていってあのメガネ先輩をどっかに連れ出すとかできない?」


「む、無理……っていうか、大丈夫だと思う」


「な、何が?」


「彼女かなり目が悪くてメガネ外せば大して見えないはず。だからこっちに背を向けて体洗ってる時にタオルで股間だけ押さえて手ブラで出ちゃえば行けると思う」


「ほ、本当か? し、信じるからな?」


 そして扉が再び開いて、


「お邪魔しまーす」


 言いながら眼鏡を外したリッカが浴室に現れた。

 彼女は目を凝らしながら洗い場まで辿り着くと、身体を洗い始める。


「さてじゃあわたしたちはお先に失礼しますね」


 言うとカンナが立ち上がり、視線でこちらに合図を送ってくる。どうやらカンナに隠れて一緒に出ようということらしい。

 できれば頭を洗っている時の方が目を瞑るからよかっただろう。しかし下手に粘って、他の聖騎士の入浴時間と被って状況が悪化するのは避けたい。


 よってカンナの考えに乗っかることにしたのだが……


「えっ?」


 時すでに遅し。脱衣所に複数の人間が訪れていたのである。


「あー、わたしはもう少し温まってくから……」


 翔馬は一度立ち上がったものの、白濁の湯に浸かりなおした。湯が濁っているので、肩まで浸かっていれば、とりあえず男とばれることはない。

 仕方がないので皆が出るまで湯に浸かり続けることを選択したのである。


「そ、そう……じゃあわたしはお先に」


 カンナは一度出ると言った手前、それを撤回するのは不自然とでも思ったのか、そのまま浴室を後にすることにしたようだった。

 一瞬、一人でどうしろととも思ったが、カンナがリズやプリムローズの助けを得て風呂の皆を外に連れ出すよう誘導してくれるならそちらの方がいい。そちらを期待して待つことにする。


 そうしてカンナと入れ違いに五人の聖騎士が入ってきた。無論一糸まとわ状態である。


「でっ!」


 その中の一人の胸に目を奪われる。聖騎士で唯一の既婚者のラケシス副聖騎士長である。鎧越しでもでかいと思っていたが生で見る彼女の乳は暴力的なまでな破壊力を秘めていた。


「あっ……」


 彼女の乳をチラ見していたらこちらを気にする視線があることに気付いた。

 先程武器倉庫で遭遇したセシリーである。

 翔馬は首をぎぃ~っと動かし誰もいな方に視線をやる。


 もうこのままやり過ごすしかないと思っていると、


「さっきはごめんなさい」


 セシリーが翔馬の隣に来て、そのまま肩まで湯に浸かった。


「えっ? あの~、なぜセシリー様が謝られているのでしょうか?」


「いえ、告げ口みたいな形になってしまったから……プリムローズ様に叱られたりしなかった?」


「それは……大丈夫でした」


「そう。それならよかったわ。ということはカンナさんの方もとりあえず無事なのね?」


「はい。そのようでした」


「それは何よりだわ。それはそうとあなた顔赤いけど大丈夫?」


「えっ? あ、はい。言われてみると、ちょっとのぼせてきたかも……」


「そうなの? だったら早く出た方がいいわ。聞いてないのかしら? ここのお湯、落ちた体力をフルに回復してくれるのだけど、全回復した後も長く浸かってるとのぼせやすくなってしまうのよ?」


「へ、へぇ~、そうなんですね」


 それはもちろん知っていた。実際、三回戦したのに体力は全回復し、何なら精力も満タンになったような気さえしていた。ただ男とばれるから動けなかっただけ。


 しかしそれも限界を迎えようとしていた。


「ねえ、あなた本当に大丈夫なの?」


「は、はい……」


 いや、ダメだ。もうダメっぽい。最後まで粘るのは到底不可能。カンナの助けを待つか? いや、来るか分からない助けを待ち続けるのはさすがに無理。意識が飛ぶのは時間の問題。そうなったら彼女たちに救助され、男と完全にばれてしまうだろう。


 ならば一か八か風呂を出るしかない。


 股間だけ隠しておっぱいが極端に小さな女の子ということで脱衣所まで一気に駆け抜けるのである。

 もうこれしか方法はなかった。


「それじゃあ、セシリーさん? わたしはこれで失礼しますね?」


 翔馬はなるべく彼女に背を向けるように立ち上がる。

 そして胸を手で覆って、股間だけタオルで隠して 浴槽から出ようとした瞬間であった。


 一瞬だけ意識が遠退いて身体がよろめいた。

 その瞬間にタオルが手からはらりと落ちる。


「ちょっと、あなた、本当に大丈夫なの?」


 セシリーが翔馬の身体を支えようとして、


「えっ、ナニコレ?」


 眼前にある初めて見るそれが何か気付いて悲鳴を上げたのだった。




 バシャンッ!


「うわっぷっ!」


 顔に勢いよく冷水を浴びせかけられ、翔馬は目を覚ました。


「お目覚め?」


 訊いてきたのはタオル一枚のセシリーであった。


「――って、えっ? あれっ?」


 翔馬は拘束されていた。腕と足がタオルできつく縛られ、股間には申し訳程度にタオルがかかっているだけ。 

 そしてタオル一枚の聖騎士たちに取り囲まれて見下ろされていた。


「どうして女装してこんなところにいる? プリムローズ様は貴様が男と知っているのか?」


 訊いてきたセシリーに翔馬は顔をぷいっと背け、


「その前に服を……ですね?」


 するとセシリーは翔馬の腹を踏み締め、力を籠める。


「こっち見て、ちゃんと答えて? あなたは何者なの?」


「いや、見ろって言われてましても……」


 タオル一枚で睥睨する彼女たちであったが、それに気付いていないのか、ほとんど丸見えだったのであったのである。

 更にラケシス副聖騎士長の胸は下から見てもかなりの迫力であった。


「あ、あかん……」


 そして元気になった股間がタオルを押し上げる。


「うっわっ! な、何こいつ……!」


 聖騎士たちがドン引く様子が翔馬にも伝わってきた。


「おい、何してる!」


 リズの声。どうやらカンナが呼んできてくれたらしい。


 とりあえずこれで無事に……今の時点であまり無事とは言えないが、一旦翔馬は解放されることになったのだった。


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