第11話 折れた剣

「あの子、わたしとの戦いでは手を抜いていたのね」


 セシリーが聖騎士長リズとその妹カンナの激しい剣戟を見やりながら言った。


 聖騎士長リズのレベルは69であるにもかかわらず、カンナは魔法を駆使しつつ、十分に渡り合っていた。

 無論、聖騎士長リズは手を抜いているのだろうが、完全にエキシビジョンマッチの域を超えていた。


「彼女にはバフがかかってるんでしょ? それで強く見えてるだけじゃない?」


 と、アルヴィダは意見した。


 そのままやったら一方的な展開になりすぎるからハンディキャップとして彼女の方にはバフがかけられてるとエキシビジョンマッチが始まる前にアナウンスされていたのである。


「バフにそこまで効果があるとも思えないわ。バフの分差し引いてもわたしとの決勝戦では力の半分も出していなかったはず。そう思うとこんな大会簡単に優勝できると甘い考えをしていた自分に腹が立って仕方ないわね」


「仕方ないわ。あの子は規格外すぎた。それでセシリー? 聖騎士の話は受けるの?」


 聖騎士になる条件は闘技大会の優勝が絶対条件ではない。セシリーはその条件を満たし、既に打診を受けていたのである。


「もちろん受けるわ。これでレベル上げも自由に行える。いずれ彼女に追いついて見せるわ」


「前向きね? はじめてこういう場で負けて腐ってるんじゃないかと心配して損したわ」


「腐りはしないよ。まあ、完璧主義の父にはお小言をもらうかもしれないから憂鬱と言えば憂鬱ね。いっそのこと彼女が聖騎士長に勝ってくれれば仕方なかったと優しい言葉の一つもかけてくれるかもしれないわね?」


 しかしやっぱりそんな大番狂わせ起きることはなかった。

 リズが順当に勝利を収めたのである。


 だがレベル69の聖騎士長リズに本気を出させたのもまた事実であった。

 この試合を見たものは興奮気味に語り、魔法戦士カンナの名は瞬く間にレッドランド中に広がると思われた。


「それでお父様は会場に? この戦いを見ていれば彼女に負けたことをとやかく攻めるるようなことはしないんじゃない?」


「だといいんだけどね。それであなたの方は進路どうするの? 来年また出場して魔道聖騎士でも目指すの?」


「いえ、来年は出ないわ。かといって進路が決まっているというわけでもないけど」


「あらそうなの? ならわたしのお店で働く?」


 唐突に声をかけられ、振り返るとそこには知った顔があった。


「ルイザ……さん……ですよね? はじめまして」


 魔導士ルイザ。世界でも指折りの大魔導士でありながらどの機関にも属さず魔道具屋を営む変わり者である。


「あら、わたしのこと知ってるの?」


「そりゃあ、まあ……有名ですから。それで何か用でしょうか?」


「ええ、ちょっと聞きたいことがあって……ここではなんだから、ちょっと付き合ってもらっていい? というか付き合って。大事な話だから」


「…………」


 嫌な予感しかしなかった。


 できれば断りたかったが、アルヴィダは黙って従うことにした。




「これなんだかわかる? アルヴィダちゃん?」


 二人っきりになるとルイザがそれを取り出しアルヴィダに見せて訊いてきた。


「折れてますね? カンナが決勝戦で使っていた剣ですか?」


「ええ、折れ方が不自然だったから気になってね……僅かながらあなたの魔力を感知したわ。勝つためなら何でもやる姿勢は嫌いじゃないわ? でも気づいちゃった以上、見逃すわけにもいかないの」


「わたしが勝つために細工したと?」


「ええ、準決勝の前に折れるように細工したけど折れるような衝撃が加わる前に試合が終了してしまって決勝戦で細工が発動して折れた……違うかしら?」


「違うと主張したら?」


「違った? じゃあセシリーさんに命令されて決勝前に細工したのかしら? どうやらセシリーさんとあなた古くから付き合いだったみたいだし」


「違い……ます。彼女は何も知りません」


「彼女は、ということはあなたは知っていた……つまり罪を認めるってことでいいのかしら?」


「はい。細工をしたのは認めます。わたしはどうなりますか?」


「運営に突き出せばお役所仕事であなたの経歴にも傷がつくことになるけど嫌よね?」


 自身が罪に問われることは構わない。しかし剣が折れたタイミングが決勝戦だった。そうなると仮に今回の件が公になれば先程ルイザが言ったようにセシリーに命令されたと裏で噂されかねない。

 実際はセシリーに勝ってほしくて独断でやったことではあるが、噂する方はそうは思わないだろうから、表沙汰になること自体を避けたかった。


 アルヴィダはルイザに絶対服従の意を表すため、土下座する。


「お、お願いします。ルイザ様……何でもしますから、今回の件を公にするのは許してください」


「今、何でもするって言ったわよね?」


「はい、はい。わたしができることならなんでも……


「何でもする……いい響きね? その言葉、忘れないでね?」


 そんな経緯でアルヴィダは、この先一年間、ルイザの魔道具屋で働くことになったのだった。

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