第10話 マジックミラーGO
「おめでとうカンナちゃん?」
控室に戻るとなぜかルイザがいてカンナを出迎えてくれた。
「ありがとうございます。っていうかここ関係者以外立ち入り禁止になってませんでした?」
聖騎士長のリズであればともかくルイザがいるのはおかしいと思ったのでそう訊いた。
「細かいことは気にしない。とりあえずその剣見せて」
「これですか? びっくりしましたよ。突然折れちゃうから」
言いながらカンナは折れた剣をルイザに手渡した。
「あらあら綺麗にぽっきりといってるわね。まあ勝てたからよしとしましょう。じゃあ、みんな待ってるから行きましょうか?」
「みんなって……お姉ちゃんたちですか?」
「まあ、そうね、とりあえず行けばわかるわ」
カンナが案内されて通されたのは高いチケット代が必要とされる庶民には縁のない桟敷席で――
「あ、プリムちゃん!」
リズやショウマがいるのは想定していたが、プリムローズがいると思わず驚きの声を上げた。
「こらカンナ。プリムローズ様に失礼だぞ。口の利き方に気をつけろ」
「あ、ごめんなさい。プリム……様……でいいのかな?」
するとプリムローズはにこやかに笑って、
「他の目がない時は好きに呼んでもらって構いませんわ。それより優勝おめでとうございます。カンナ」
「はい! 剣が折れた時はちょっと焦りましたけど何とか勝てました」
「剣の件は申し訳ありませんでした。運営側の不手際です。よく言っておきますわ。それで、この後にエキシビジョンマッチがあるのは知ってますね?」
「はい。もちろん」
闘技大会の優勝者と前年度の優勝者で現役聖騎士が模範試合を行い現役聖騎士が優勝者に格の違いを見せつけて幕を閉じるのが通例となっていた。
「さて、そこで相談があるのですが、ノーラ……昨年の優勝者である聖騎士なのですが、彼女は成長率が悪めと申しますか……セシリーにも勝てるか分からないと今回のレベルの高さにここ数日ずっと思い悩んでいた状況でして……」
「あー、つまり聖騎士の威厳を保つためにわざと負けろということかな? わたしは構わないけどうまく演技できるかな?」
「いえ、そうではありません。そのノーラがおなかが痛いとトイレにこもってしまったので代役を立てることにしたのです」
「代役……ですか?」
「はい。リズにお願いしました」
「えっ? お姉ちゃんに?」
プリムローズはコクンと小さく頷いて、
「なので本気でやってもらって構いません。何なら勝つつもりでやってください。群衆はリズに並ぶカリスマを求めているのです」
聖女の結界に守られたこの国は強力な魔物は近寄ることすらできなかった。故に兵士たちはレベル上げを怠り、西の大陸で最も豊かな国ではあるものの兵力という意味では最弱であった。
結界に守られたレッドランドにとって、魔物よりも隣国の兵力の方が脅威と感じるものが国内でも増え始めたのである。
レッドランドで注意が必要なのはリズのみ。それが各国の共通認識になりつつあった。その共通認識を覆すためにも軍備を増強し、更なるカリスマを育てる必要がレッドランドにはあったのである。
「プリムちゃんの頼みだから叶えて上げたいのはやまやまだけど、さすがにお姉ちゃんに勝つなんてムリゲーかな」
「それは例えば彼のスキルを使っても、ですか?」
と、プリムローズがショウマの方を見やりながら言った。
「あくまで例えばの話だぞ? これは命令でも何でもないからな? 断っていいんだからな?」
と、補足するように言ってくるリズ。どうもリズは自身と本気で戦うのを避けたい様子であった。
「ルイザさん? ショウマのスキルを使えばわたしでもお姉ちゃんとそれなりに戦えると思いますか?」
「えー、そうね……かなりいい線行けると思うわ」
「そうですか……わかりました。じゃあ、やってみます」
「おいこら、何を勝手に話を進めている? ショウマのスキルを使うってことはつまりそういうことをするってことで……そもそもお前らちゃんと付き合ってるのか?」
「うん。付き合ってるよ」
と、即答するカンナ。
「好き同士なのか?」
「ショウマがあの時現れてなかったらわたしは死んでいたかもしれない。好きになって当然でしょ?」
「じゃあ、お前は? お前はどうなんだ? ショウマ?」
ショウマはリズに凄まれてかしこまりつつも、
「は、はい……まあ、この世界で一番頼りにしてまして……そんな感じで妹さんとは真剣な交際をさせていただこうかなんて思いまして……よろしくお願いします」
するとルイサがリズの肩にポンと置いて、
「二人がちゃんと付き合ってるっていうなら問題ないわよね? 認めて上げなさい」
「くっ……」
「決まりのようですね?」
プリムローズはリズが項垂れる様子を横目で見つつ、
「ではエキシビジョンマッチまでに間に合うようよろしくお願いします。場所は……医務室を空けさせますのでそこをお使いください」
「えっ? 今からなの? 別にいいけど、ちょっと汗臭いからお風呂入りたいかも」
「大丈夫よ、カンナちゃん。ショウマ君はちょっと臭い方が興奮するから」
と、ルイザが小さくカンナに言ってきた。
「ちょ、ちょっとルイザさん。聞こえてますよ。勝手なこと吹き込むのやめてもらえます?」
と、ショウマ。
「いいから時間ないからとっとと行く。リズ、あなたは医務室の前で見張りね」
「な、なぜわたしがそんな役目を……?」
ルイザに指示され不服そうに言うリズ。
「誰か来たら困るでしょ? わたしが見張りしたら乱入するけどそれでもいいの?」
「それは……くっ……わかった。確かに他には任せられん」
「あー、それとカンナちゃん。医務室にサプライズ用意しといたから愉しんでね?」
「サプライズですか?」
「うん。詳しくはショウマ君に聞いて」
「えっ? 俺は何も聞いてませんが?」
「医務室に行けばわかるわ」
イタズラっぽく笑うルイザ。
「とりあえず……わかりましたけど……」
明らかに不機嫌そうなリズをちらっと見やりつつ、ショウマは、
「じゃ、じゃあ……行く?」
と、カンナに訊いてきた。
「う、うん……」
それにカンナは静かに頷いたのだった。
「えっ? どういうこと?」
カンナが医務室に入室し、後から入ったショウマが医務室のドアを閉めた瞬間であった。
視界から一瞬にして医務室のドアが消え去ったのである。
「あー、これか?」
と、ショウマが何か知っているような口調で呟く。
「何? ショウマこれどういうことか知ってるの?」
「うん。多分ルイザさんが言ってたサプライズ……透過魔法で壁を透き通らせてるらしい」
透過させていると言っても中から外の壁が透過して見えているだけで、外側からは室内の様子は全く見えていないということだった。
触ってみたら確かに透明であるが壁の存在は確認できた。
「ほ、本当に向こうからは見えてないの?」
「ああ、見えてたらリズさんが気付くでしょ?」
確かに気付いていたら口を出さないはずがない。リズは腕組みをし、背をこちらの状態に向けたままの状態を保っていたのである。
「そ、そっかぁ~……っていうか、ルイザさんとそういう環境でもしてたの?」
「えっ? あ、ああ、まあ……ははっ、実験的に……ね? それはそれとして、そろそろ始めようか?」
「あー、うん……でも本当に見えてないんだよね? お姉ちゃん向こう向いたままだけど……」
「じゃあ試してみる? リズさんの前に立ってみて?」
「えっ? こう?」
途端、ショウマは見えない壁をドンと叩いた。
「!」
リズが振り返り、目が合ったような気がしたが、そんなことはなかった。
やはり向こうからは見えてないような反応でこちらに何かあったのかと訝しんでいる様子だけが伺えた。
「じゃあそのまま服脱いじゃおうか?」
「えっ? 見えてないってわかってても恥ずかしいんだけど……」
「ほら、早くしないと時間なくなっちゃうよ?」
言いながらショウマは自身は脱ぎ始める。
「わ、わかった。わたしも脱ぐね」
リズはもちろん、他の人も通るのが見える。
衆人環視の前で全裸を晒しているような変な感覚。
「壁に手をついてこっちにお尻を突き出して?」
「こ、こう?」
「あんま声出すとリズさんが怒って乗り込んでくるかもしれないから気を付けてね?」
カンナの耳元で囁くようにショウマが言った。
そして、ショウマはカンナのためにスキルを発動させたのであった。
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