第9話 勝利者

 闘技大会準決勝にてカンナが魔導士アルヴィダに勝利した。


「うわっ、また勝った。もしかしてカンナってめっちゃ強くなってるんですか?」


 翔馬は一緒に観戦していた隣のルイザに訊いた。


「そうね。短期間によくここまでレベルを上げたものだわ」


「そんなにですか? じゃあ優勝まで行けそうなんすか?」


「それはどうかしらね。セシリーって子もかなりの手練れよ。カンナちゃんはレベルで押し切ってるけど一対一の人間同士の戦闘だと経験が浅い分弱いかもしれないわ」


 なるほど。対人戦は単純にレベルが上回っていれば勝ちが拾えるかというとそういうものではないらしかった。


「そうですか……結構頑張ってダンジョン潜ってましたからね。ここまできたら勝ってほしいですね?」


「わたしダンジョンに潜る許可は出してないがな」


 不機嫌そうに後ろから言ってきた声に振り返るとそこにはリズ立っていて、


「ルイザ……話がある。ちょっといいか?」


「いや~ん。リズちゃん怖い。なんか怒ってる?」


「当然だ。大事な妹をお前に託したのが馬鹿だったよ。とにかくついてこい。話がある」


「えー、決勝戦は?」


「心配するな。特等席で見せてやる。ショウマ、お前もだ」


「えっ? あ、はい……」


 そんなわけで二人はリズの後について特等席とやらに移動することになった。




「あら、本当に超特等席じゃない?」


 翔馬たちが案内されたのは他の観客席より一段高い場所に設けられ区切られた個室、いわゆる桟敷席であった。


「ところでこんなところで話があるって何の話なの?」


「話があるのはわたしではない」


 リズがドアを開けたままの状態を維持していると、桟敷席に高貴なドレスに身を包んだ闘技場には似つかわしくない少女が姿を現れ、言った。


「話があるのはわたくしですわ」


「あ、王女様!」


 そう、彼女は異世界転移して以来である王女プリムローズであった。


「お久しぶりです勇者様。それにルイザ様。お二人が観戦に来ているということでここへ呼んでもらわせていただきました。勇者様? レベルは上がりましたか?」


「いえ、まだレベル8ほどで……」


 とりあえず転職可能なレベル20を目指せという話であったのでまだまだ半分もいってなかったりした。


「そうですか。ご苦労様です。ルイザ様も今まで勇者様をお守りいただきありがとうございました」


「いえ、わたしは何も」


「勇者様? この度勇者様の処遇が決定いたしました故、お伝えに参りました」


「俺の処遇……ですか?」


「はい。勇者様は今後、わたくしの侍女になっていただきます」


「えっ? 侍女? 侍女って?」


 翔馬は驚きを隠せないように訊き返した。


「はい。スキル的におそらく戦闘向けではないようですのでこういう形を取らさせていただければと。とはいえ自分の身を守れる程度には今後もレベル上げはかかさずに行っていただければと」


「いやいや、そうじゃなくて……侍女って女じゃ? 俺は男なんですけど?」


「はい。勇者様は華奢で可愛らしい顔立ちをしておられますのでカツラをかぶればきっと大丈夫でしょう」


「いやいや、ダメでしょう? ばれますって」


 すると補足するように横からリズが言う。


「心配ない。城に詰めている聖騎士はお前よりガタイがいい女性も多い。なので目立ちはせん」


「まじで? でもバレた時に問題になるんじゃ?」


「その時は心は女で通せ。多様性の時代だ。それで大抵の連中は黙る」


「む、無茶苦茶な……」


「それはそうとカンナの調子がかなりいいようですが……ルイザ様は彼女にバフとかかけてませんよね?」


「お言葉ですがプリムローズ様? うちの妹は無茶はしますが不正に手を染めてまで勝利を得ようなどとするような子ではありません」


 と、リズが多少心外というような口調で言った。


「ええ、そうね? 知ってるわ。カンナはわたくしの数少ない同世代のお友達ですもの。でもこの短期間でのレベルの上がり方は以上です。その理由を聞きたいと思っているだけですわ」


「それはカンナの申し出をこの馬鹿が……ルイザが受けてダンジョンの奥深くに潜った結果です」


「ダンジョンに潜ればさくさくレベルが上がるというわけではないでしょう? 倒さなくては上がらない。どうやって倒したのか? もしかして……」


 プリムローズはそこまで言うと翔馬の方をチラッと一瞥し、


「彼のスキルを使ったのかと訊いているのです」


「なっ! ショウマ? そ、そうなのか……!」 


 と、強張った表情で問い詰めるリズにどう答えたものかとしろどもどろする翔馬。


「い、いや、それは……ですね」


「落ち着きなさいよ。リズ……ショウマ君とカンナちゃんはお付き合いを始めたの。だからそういう関係になっても何ら不思議はないのよ?」


「お付き合い……だと? き、貴様……! よくもわたしの妹を傷者に……!」


 リズが翔馬の胸倉を掴み上げて言ってきた。


「お、落ち着いてください! お義姉さん!」


「誰がお義姉さんだ! わたしはお前の姉でもお義姉さんでも何でもない!」


「落ち着きなさい。リズ……付き合っているなら何の問題もないでしょう?」


 プリムローズは窘めるようにリズに言ってから、


「それでルイザ様? カンナはセシリーに勝てるとお思いですか?」


「うーん。五分五分ですかね。レベル的にはカンナちゃんの方が上回っていますが、対人戦闘スキルは格段にセシリーの方が上。何とも言えません」


「そうですか……ではもし勝てたならば、提案があるのですが、もしカンナが優勝したのなら――」



          ◆


 

「解せないわね。あなたの剣術は美しくない。聖騎士長のお姉さんは何も教えてくれなかったの?」


 激しく鍔迫り合いしながらセシリーがカンナに言ってきた。


「モンスターとの戦い方くらいは教わったよ?」


「なるほど……レベル上げ優先したのね? ちゃんと教えを乞うてれば勝てたものを」


 既に勝ったような口調で言ってくるセシリーにカチンとくるカンナ。


「まだ、勝負は終わってないよ!」


 カンナは鍔迫り合いを力で押し返し、斬りかかる。

 その剣をセシリーに軽くいなされる。


「えっ?」


 パキンッ!


 大した力が加わったわけでもなく、軽く弾かれただけなのにその瞬間、カンナの剣が真っ二つに折れた。


「どうして……」


 剣は闘技場で用意されていたもので、セシリーと同じもの。特に問題ないと思って手にしたが、最初から罅でも入っていたのだろうか?


「勝利の女神に見放されたわね? これ以上は時間の無駄よ。降参なさい?」


「嫌だ。ここまできたら……負けるまでやるっ!」


 カンナは言いながら折れた剣を構える。


「引き際は見極めなさい。じゃないと早死にするわよ?」


 セシリーが地を蹴り上げ、剣を振りかざす。

 カンナは口の中で小さく何やら呟いて、


「……雷撃!」


「なっ! 魔法を使え……くっそっ!」


 セシリーは慌ててカンナの放った雷撃を剣を盾に受け止める。

 カンナは魔法戦士であるから魔法は使えた。しかしルイザに魔法の威力は弱いから使う必要はないと言われていた。使うのであれば不意打ち程度にしか役に立たないと。


 カンナの強みは無名であること。故に戦い方を誰も知らない。研究もされていない。

 どうやらカンナの魔法はセシリーにとっては想定外であったらしく、隙が生まれた。


「魔法剣!」


 カンッ!


 カンナは魔法の剣でセシリーの剣を弾き飛ばし、そのままセシリーに剣を向けて問う。


「まだ、続けられますか?」


「いや……」


 セシリーは首を横に振って、


「君の勝ちだ。優勝おめでとう」 


 と、言った。

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