第4話 卒業

「あ、美味い」


 塩と香草で味付けした肉、それにパンとスープ。

 味覚はこちらの人間と大差ないのか、出された料理は普通に美味しく頂けた。


「よかった。口に合わなかったらこれから先大変だものね」


 カンナがホッと胸を撫で下ろしたように言った。

 胡椒や他の香辛料とかは庶民的に簡単に手に入る値ではないらしく、大体似たような味付けの代物ばかりになるらしかった。


「お前の作るものが不味いわけなかろう。もし不味いと言っていたらその役に立たない舌を切り落としているところだ」


 と、リズが冗談なのか本気なのか分からないような口調で言った。


「ありがとうお姉ちゃん。でも宮廷で毎日食べてた料理の方が美味しいでしょ?」


「食材がいいだけで料理の腕はお前も引けは取らんよ。それはそうと、なぜ招いていないこの女がいるのか?」


 リズはなぜか一緒に食卓を囲んで共にしている魔道具屋の女店主を横目にしながら言った。


「あら、唯一の友達なのに冷たいのね?」


 ルイザはくすっと笑って、


「まあ、わたしもあなたに会いにきたわけじゃないわ。ねえ、マイ・ダーリン!」


 と、隣に座る翔馬の腕を取って言った。


「えっ? あれって冗談だったんじゃ?」


 仮に冗談でもこんなおっばいなお姉さんにちやほやされる今の状態は悪くない。


「冗談じゃないわよ? だから明日からのレベリングにはわたしも同行するわ」


「要らん。わたし一人で十分だ」


「わざわざあなたがその役目を買って出たのは、カンナちゃんのレベリング手伝うためでもあるんでしょ? だったらショウマ君の方はわたしに任せなさいな」


「ふん、報酬など出さんぞ」


「必要ないわ。カンナちゃんの手料理だけで十分よ」


「大方、異世界の技術や話に興味があるだけだろ?」


 そこでリズは嘆息し、


「もういい。勝手にしろ」


 と、諦めたように言った。


「ありがとう。そうさせてもらうわ。じゃあリズ? また明日ね。カンナちゃんとマイ・ダーリンも」


 ルイザはにこやかに手を振り、カンナの家を後にしたのだった。



 

「ふぅ~、いいお湯だった」


 異世界にお風呂がちゃんとあるとは思わなかった。ありがたいことだ。とはいえどの家も設備がちゃんと整っているわけでもないらしいが。


「さすがに娯楽は乏しそうだな」


 テレビや漫画もないわけで、暗くなったら寝るしかなさそうである。

 翔馬は割り当てられた埃っぽい部屋のベッドにごろんと横になった。まあ突然押しかけて部屋を借りることになったのだから致し方なし。

 掃除とか必要だったかもだが、ただ今日は疲れた。


 面倒なことは明日にすることにして、翔馬はそのまま静かに目を閉ざして――


 コンコンッ。


「う~ん……」


 ノックするような音に眠たい目を開けてそちらを見やれば窓の外に魔道具屋の女店主ルイザの姿があった。どうやらまだ帰ってないらしかった。


「んっ? ていうかここ二階じゃ……」


 そんな疑問が湧くも、「ああ、そうか……魔法で浮いてるのか……」とすぐに答えに行く当たり納得する。

 よくわからないけれど何か用があるのだろう。起きて窓を開け放つ。


「お邪魔していい?」


 と、やはり空にプカプカと浮かびながらルイザ。


「いいですけど、何で窓からなんですか?」


「だってリズがうるさそうだし……」


 言って窓から入るなりルイザが抱き着いてきた。


「る、ルイザさん? どうしたん……んぐっ!」


 ルイザに唇を塞がれ、彼女の柔らかな舌が翔馬の口内にねじ込まれた。


 翔馬には地球で待っている恋人はもういない。

 ならば何も迷う必要はなかった。


 異世界生活初日、狭間翔馬は童貞を卒業したのだった。

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