③-①
「僕が付き合うことになる彼女の名前、教えて」
僕が言うと、十円玉が動き出した。
「は、な、こ。はなこ?」
友人が首を傾げる。
「そんなやつ、クラスにはいねぇな。他のクラスにもいないんじゃないか?」
確かに知りうる限りの生徒にはなこなんて人はいない。もちろん、教員にも。
「あれか、旧校舎にあるトイレに出る花子さんだったりして」
悪戯っぽく笑う友人のジョークに笑えなかった。
何故なら僕は美化委員で、昨日くじ引きで負けて旧校舎のトイレ(男子と女子)の掃除をしたばかりだったから。
「は、ははは。まさかね」
チャイムが鳴った。こっくりさんお戻りください、というと十円玉は「はい」に言ったあと、鳥居に戻った。
それからというもの、トイレに行くたびに気配を感じるようになった。なんだかずっとどこかから見られている気がする。
僕はいてもたってもいられなくなって旧校舎のトイレに行ってみた。花子さんかも、なんて思っているからそわそわしてしまうのだ。
女子トイレを覗き込む。掃除したばかりとはいえ、元々取り壊し予定のトイレなのだ。おんぼろで、いかにもな雰囲気があった。
「……誰かいるのか?」
きぃ、と奥の扉が軋んで開いた。
まさか。
建付けが悪いから自然と開いてしまったに違いない。
僕は意を決して奥の個室を覗き込む。
そこには、誰もいなかった。
当然だ。はなこっていうのは、きっと将来どこかで出会うことになる女性の名前なのだろう。随分古風だけれど、かわいい名前じゃないか。
「いま、かわいいって、おもった?」
真下から声が聞こえて飛び上がった。
いつの間にか足元に、おかっぱの女の子が座り込んでいる。
顔は血みどろ――でも、ない。普通に小さい女の子だ。目がくりくりしていて可愛らしい。
「わたし、はなこさん」
悪戯かと思ったが、掴んでくる握力がとんでもない。そのまま、便器のほうへと引きずり込もうとしてくる。
「ちょ、やめて!」
「でーと、しよう。わたし、じばくれい、だけど、げすいどう、いけるんだよ」
そんな汚いところでデートなんかしたくない。
「さ、でーと、いこう。 『だい』、まわして」
「だい?」
トイレの「大」か――。
気付いた時にはすでに僕の体は便器のなかに吸い込まれていった。
-完-
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