3輪目 彼岸花と銀の雪

第3話

珊瑚…珊瑚!「えっ…?」珊瑚は眩い夕焼けの中、花畑の中に立っていた。誰かが自分の名前を呼んでいる。聞き覚えのある懐かしい声…。辺りには紅い彼岸花が咲き、生暖かい風が珊瑚の髪を揺らしていた。「珊瑚…!」彼岸花の奥に誰かの影が見えた。珊瑚よりも少しだけ背が高い少年の姿であるが、逆光の夕日に遮られて顔は見えない。少し離れた先に海守珊瑚神社が見える。少しだけ雰囲気が違うが、ここは神社近くの彼岸花の畑だと珊瑚は感じていた。


珊瑚は逆光に照らされた少年に向かい名前を呼んだ。「――――!」珊瑚の口からは確かに少年の名前が発せられた…。しかしそれは珊瑚の耳には届かず、珊瑚自身もまた自身の口から放たれた少年の名前を認識する事が出来なかった。私、今誰の名前を呼んだの…?珊瑚は彼岸花の中を走り、少年の影を追いかけた。しかし、走れば走るほど少年は遠ざかっていく。少年とは別の、少しだけ幼さを含んだキラキラした声が珊瑚の耳に届いた。「と…かを…けて…」「誰…!?」珊瑚は走りながらも周りを見渡し、声の主を探すが誰も見つからない。辺りは夕日の緋色と夕凪に包まれていた。とうとう少年の姿はどこにも見えなくなり、珊瑚は最初から一歩も移動していなかった事に気が付いた。いつの間にか陽は落ち、黄昏時の静かな時間が流れていた。夕日の名残が徐々に失われ、夜のとばりが降りて来る。何故か神の力を使う事が出来ず、空を駆ける事も出来ずに珊瑚は彼岸花の畑に立ち尽くし空を眺めていた…。僅かな光を称えた月の周りから、キラキラした光の粒が降って来た。珊瑚の額に音も無く当たったそれはとても冷たく…鈍い輝きを放った後そっと消えた。「これは…雪?銀の…雪?」銀色に輝く雪は辺りの彼岸花に当たると火花の様に消え、辺りの土や草も空気も銀の雪に触れた部分が消えていった。「これは…夢の中?でも、ただの夢じゃない…!」珊瑚の体が銀の光に包まれ、珊瑚は自らの、この夢の世界での記憶が少しずつ消えている事に気が付いた。少年の声がどんな声だったか思い出せない。彼岸花の周りの景色も空の色も…。何故かは分からないが決して忘れてはならない、それだけは直感で理解していた。大切な何かを私は忘れている…。そこに辿り着くための手掛かりがここにある…。何故か珊瑚の瞳から一粒の涙がこぼれ、それは氷となり鈍く輝く緋色の涙となり落ちた。珊瑚は自らも気付かないうちに深い眠りに落ちていった。

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