4輪目 温泉珊瑚神社
第4話
「珊瑚、珊瑚や。朝やではよ起きんなぁ。」珊瑚は布団の中で目が覚めた。とても長い夢を見ていた気がするが珊瑚は何も思い出せなかった…。「う~ん…今起きる~。もぅ少し待って~。」珊瑚は海守珊瑚神社の御神体である紅い珊瑚鏡を通り、温泉珊瑚神社へと帰って来ていた。珊瑚鏡は2つの神社の御神体であり、神格を持つ者であれば自由に行き来が出来る様になっている。神界にも通じているが、未だ珊瑚は神様見習いの身であるため、神界を訪れた事は無かった。六畳の和室。真っ白な障子が眩しく珊瑚は浴衣のまま鏡台の前に座り、桃の櫛で煌めく髪を鋤いていた。
「あっ!橙は大丈夫かな?」昨日は金魚すくいに挑戦したものの、悉くポイが破れてしまった。最後に的屋のおじさんから貰った大切な金魚。湧き水に塩を少しだけ混ぜ、元の袋に入っていた水もちゃんと入れた。ご飯は可哀想だけどまだ食べさせない方が良い。的屋のおじさんから聞いた飼い方のコツを全て実践したので抜かりは無いはずだ。珊瑚は着物に着替えると足早に社務所へと向かって行った。部屋に小さな緋色の金剛石が落ちている事に珊瑚は気が付かなかった。「おばあちゃん、おはよ。橙は…金魚は元気?」和室の社務所に入ると小さな可愛らしい婦人が味噌汁と鱈子、漬け物にご飯を配膳していた。重厚な長机に朝食が置かれ、珊瑚が好きな玉子焼きもたち吉の皿の上に置かれている。「はいはい、ちゃんと元気にしとるけ。ほれ。」橙は茶箪笥の上の金魚鉢の中でスイッと円を描く様に優雅に泳いでいた。「ワァッ良かったぁ~!」「水を変えてすぐは餌をあげない様にの。一杯食べさせたくなる気持ちになるが少なめにあげるのが鉄則やよ。」おばあちゃんと一緒に橙を眺めると、橙は少し驚いた様に奥に引っ込んで行った。後で小石も入れてあげよう。珊瑚は暫く橙を見つめた後、座布団に座り朝食を食べた。「桜子は今日も早いでの。」桜子は珊瑚の母であり、温泉珊瑚神社の御祭神でもある。桜神とも呼ばれている。その存在は守護と繁栄をもたらす為、女将として旅館で働きながら土地を守っている。温泉珊瑚神社と旅館は建物が続いており、桜神は毎日朝早くに仕込みに出勤している。おばあちゃんも昔はかなり格の高い神であったが、当時世間に蔓延していた流行り病を鎮める為にかなりの力を使ってしまったらしい。現在は療養も兼ねながら縁側で足湯に浸かる毎日を過ごしている。「海守のお祭りは楽しかったかい?」おばあちゃんは温泉水で抽出した玉露をすすりながら優しい微笑みで珊瑚を見つめていた。「うん。楽しかったよ。盆踊りも沢山踊ったし花火も綺麗だった。お父様も氏子の皆が沢山来てくれて嬉しかったみたい!」「ほお…そうかいそうかい。」おばあちゃんは優しく微笑みながら珊瑚の話に聴き入っていた。「ご馳走さま。私そろそろ行くね。橙も、良い小石沢山持って来るから待っててね。」珊瑚は腕をまくり、たすきを掛け茶碗とお椀を重ね給湯室へと駆けて行った。洗い物をさっと済ませ給湯室裏口から旅館詰所に抜けて行く。「おはようございます!皆さん今日もよろしくお願いします!」詰所に居る人達に挨拶をしながら珊瑚は3階に上がり、掃除を進めて行く。倉庫から「お掃除セット」を取り出しお客様がチェックアウトした部屋に掃除機を掛け、ゴミを回収。布団のカバーを交換しテキパキと進めて行く。ここ温泉珊瑚旅館の客室は4階まであり、別館を含め30の客室が存在する。そのうち珊瑚は3階と4階の朝の掃除を担当し、これが毎日の日課となっている。「…ふぅ。」1部屋あたり約10分で掃除を行い、10部屋の清掃が終わった。掃除が終わると一旦仕事は終了なので屋上で空を眺める。「あの飛行機は何処へ行くのかな…。」そんな事を考えながら青い空の果てに思いを馳せた。風の音がざあっと鳴り、珊瑚の後ろでは真っ白なシーツがバタバタと音を立ててなびいていた。温泉の仕事はとりあえず終了。後は暫く珊瑚の神としての役目が始まる。
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