アラサーの異世界まったりチート暮らし
渋谷りじゅる
第1話 ビックワックセット
気がつけば俺は、半歩先も見通せない暗い森の中にいた。
天を仰げば木々の隙間から大きな四つの惑星が見え、星々が輝く夜空が広がっていることから、今が夜であることが分かる。
「えーと……こうかな──おっ、できた」
雑草以外に何もない場所を注視しながら“出したい”と念じれば、付近の雑草が抉れるように消失した代わりに、忽然と街灯が現れた。
「よし、ちゃんと使えるようで何よりだ」
──突然だが、俺は異世界転生者だ。
名を
日々労働に勤しんでいた結果、あっさりと事切れてしまったアラサー素人童貞──それが俺だ。
務めていた会社は歩合制で、俺は早期に老後の資金を貯めて華麗な引退を決めようと、頑張り過ぎた結果過労死してしまったのである。
自爆を遂げた俺だが、不幸中の幸いとはこの事か──死後に神様と出会い、転生特典として多数のチート能力を貰い異世界に行けることになった。
神様から天国か異世界のどちらに行きたいか問われた際、俺は迷わず異世界に行くことを望んだ。
単純にラノベやアニメなので異世界に憧れていたのと、天国という場所が聞いてみれば魅力的に感じなかったこともあり、俺は異世界に行くことを選んだ。
そんな、覚えきれない程のチート能力を神様から貰った俺は、今こうして数多ある内一つの能力で街灯を出したというわけだ。
今にして思えば、貰った能力を全部覚えていられるように、神様にお願いしておけば良かったな……。
「ま、後悔先に絶たずというしな。そんなことより仮の拠点を建てよう」
朝になるまで待つのも、夜の森を彷徨うのも億劫だ。
確か貰ったチート能力の中に、拠点を出す能力があったはず。
俺は近くの雑木が生い茂っている所を注視した。
すると、先程と同様に周囲の障害物となるもの全てが消失し、小さな家が現れた。
ログハウスと評すに相応しい、三角屋根の家の中に俺は足を踏み入れる。
外から見ればこじんまりとした印象を受けたが中は違った──というか、生前俺が住んでいた2LDK賃貸マンションの家の中が、そっくりそのままそこにあったのである。
壁に備え付けられたスイッチを押せば、しっかりと照明器具が点灯した。
その他、ガスと水道も通っていることを確認。
いったいどこからライフラインが来ているのか皆目見当もつかないが、これもチート能力による恩恵なのだろう。
「スゲー……まんまじゃん」
小さなログハウスの中は明らかに大きさが釣り合わない、生前の家という
「あー、これこれ。草臥れたクッションまで再現されてら」
一夜を過ごす場所はこれでオーケー。
朝まで寝れる場所は確保したし、腹も空いているから次は食事だな。
食に関する能力も貰ってあるので、試運転がてら使ってみるか。
「えーっと、どこにしようかな〜」
広いリビングを見渡して、どこに“設置”するのが良いかを考える。
俺の家はインテリアを全然置いていない。
今いるリビングだって、あるのはソファとラグ、テーブルと壁掛けテレビくらいだ。
自称ミニマリスト一歩手前な部屋であり、設置する場所には困らなかった。
「故に悩むのだが。まあ、無難に壁際でいいか」
コンクリート打ちっぱなしの壁を見る。
例に従って、壁を背にした自販機がどこからともなく出現した。
出したそれは、ただの自販機ではない。
二種類のピザ、六種類のハンバーガー、三種類のラーメン、それと五種類のドリンクを無限に出せるチート食品自販機だ。
「さてさて、今の気分は──」
マルゲリータのボタンを押そうとして、すんでのところで心変わりが起きた俺は、ビックワックバーガーをチョイス。
飲み物はコーラだ。ハンバーガーの相棒はいつだってコーラだよな。
「しまったッ、ポテトがないじゃないか! ……別途で能力使うかぁ」
自販機から出てきたモノを手にソファへ戻る。
ガラスのテーブルに置いたビックワックとコーラの横に、追加で能力を使って出したポテトが並び、俺の夕食が完成した。
自販機から出さずとも食べ物を出せるのならば、わざわざ自販機から出さなくてもいいのでは──と、思う人もいるだろうが俺は過程を楽しむ人間なんでな、どうか目をつぶって欲しい。
「いただきます」
俺はソースで口が汚れるのを厭わず、ビックワックにかぶりついた。
数回の咀嚼のあと、ごくりと喉を鳴らして飲み込み、後を追うようにコーラを流し込む。
ビックワックに炭酸の効いたコーラ……控えめに言って神な食べ物だ。
もちろん、ポテトちゃんも忘れてない。
「あ〜っ、うめぇ……!」
俺が死んだのは会社からの帰宅途中。
夜遅い時間であり、朝から飯を抜いていた燃料切れの体が転生時にそのまま引き継がれた為か、食べ慣れたソレがいつもより遥かに美味しく感じた。
空腹は最高のスパイス──それを十二分に理解した瞬間だった。
「……」
ふと、物悲しさを感じた。
俺はいつも、スマホを見ながらご飯を食べていた。
故に、虫が奏でる音色しか耳に入らないこの静寂が、孤独を刺激しているのだ。
沈んだ気持ちを紛らわせる為、俺は試しにテレビをつけてみることにした。
謎に電力が通っているのだから、もしや電波も受信できているのではと考えれば──。
「おぉ、普通に映った」
流れている番組は午後のニュース番組で、アナウンサーの女性が明日の天気予報を解説していた。
右上に表示された時刻は6時41分だった。
「俺の能力凄すぎないか? てかN〇K映るし、集金人が異世界まで受信料払えって、取り立てに来るかもなぁ」
なんて戯言を吐きつつ。
俺はテーブルの隅に置いてあったスマホを手に取った。
スマホを起動してみると、やはりWiFiも繋がっていた。
SNSアプリを起動して、過労死したら異世界来たわ(笑)──と、ネットの海に呟こうとしてみたのだが。
「……あー、ダメか。見れはしてもこっちから干渉はできない感じね、把握」
謎の障害が発生し、投稿はできなかった。
何度試しても結果は同じだ。
他のSNSやライブ配信等のコメントも打てなかったので、何か方法があるというより、受信をできてもこちらから送信はできないものと考えた方が良いだろう。
しかし、ネットが使えるというだけで大分アドだ。
現代人にとってネットは命と同価値の存在。
ブラウザやヨウチューブ等の動画視聴サイトも使えるし、これで暇つぶしに事欠かなくなった。
「ガチで異世界にいるけど質問ある? ってスレを立てて遊べないのは残念だが」
さて、飯が冷める前に食べるのを再開しよう。
俺は見やすい位置にスマホを置き、ヨウチューブを開いて動画を表示したのだった。
──────
──天国でお過ごしのお母さん、お父さん。お元気ですか?
遺憾ながら過労死した息子は、異世界でビックワックセットを食べました。
まさか異世界に来てまで、一人スマホを見ながら飯を食べることになるとは思いもしませんでした。
以上、幸せならオーケーだと思う不肖の息子より。
次の更新予定
アラサーの異世界まったりチート暮らし 渋谷りじゅる @rizyuru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アラサーの異世界まったりチート暮らしの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます