第6話 身の上話

 おじいさんの着込んだ、ジャンパーがごわごわと音を立てた。

「お前さんの口から聴いてみたかったんだよ」

 おじいさんの咳払いが雪の降る車窓にゆっくりと響いた。

「昔、大切なものを無くしてしまったんだ」

 まだ、人生が前半戦も終わっていないのに、途轍もなく疲れてしまったんだ。これだけ、疲れているんだから僕は人生の旅路の終わり、春泥のように疲れ果ててしまっているだろう。一瞬でこの些細な悩みも凍らせてしまえば良かったのに、僕の中の悩みは消えてくれない。だからこそ、記憶を喪失したまま、雪道を駆け抜け、遁走したんだろうし、途轍もなく降りしきる吹雪の晩、その語り部だけが暗い車内で音源になっていた。

「大人になったばかりの頃、親父から引き継いだ古書店を嫌々ながら、受け継いでいた。継いだばかりの古書店には祖父の代からある、文豪たちの古書で店内が溢れ返っていた。一冊一冊古書の手入れをしながら、毎日明け暮れているとある日、一人の少女が来店するようになった。その少女は非常に聡明で立ち読みしては、一冊古書を買い、何度も出入りするようになった。青年だった私は少女にたちまち、一目惚れしていた」

 街には街の色合いがあるように、古書店にもその時代の色彩があった。

「ある日、少女と私は喫茶店で茶話会を共にすることにした。私からこれでも誘ったんだが、少女は喜んで引き受けてくれた。喫茶店に行く日、外は初雪がちらついていた。この汽車の夜の雪の日のように、あの時も雪は激しかった。喫茶店で飲んだ珈琲もすぐに冷めてしまうくらい、冷えていた」

 僕は冷えた珈琲を飲みながら、窓辺で細雪を数えていた。ふと、その遣る瀬無い窓辺の光景を思い出す。

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