第4話 反芻

 古書店がある丘の街から坂を下がり、標高が低くなると、だんだん肌寒さを覚えた。街の風景も紅葉から木枯らしの風景に変貌し、枯れた野山や茶褐色になった烏瓜が絡まった枯れ野が出現した。殺風景な枯れ野にうっすらと粉雪が天空から舞ってきた。おじいさんに履かせてもらった長靴を持って来て良かった、と安堵する。路上の隅っこには寒椿が咲いていた。寒椿は重たげにその真紅の花びらに秘密を隠しながら冬日影に揺られていた。

「雪が強くなりそうね」

 少女が肩を震わせながら言う。

「私、雪は苦手なの」

 曇天の雪空、粉雪は地上をパウダーのように降らしていく。

「雪が苦手ならば大変だなあ」

 おじいさんが感慨深く言う。

「そういう私も雪は苦手だが」

 冬はあまり野花が咲かない、イメージがあるかもしれないけど、冬に咲く花は凍て空の下、冬風を浴びながら咲く寒椿や山茶花は、どんな季節の草花よりも美しく見える。歩き疲れると無人駅の構内が見えてきた。

「冬は誰にもでも優しくなる季節だから」

 本格的な大雪になり、辺り一面、雪景色になっていた。もの寂しい秋から時雨心地になり、寒さも厳しい冬将軍になる玄冬、僕の心持ちはいつにも増して、クリスマスに行われるパーティー前夜のようにわくわくしてしまっている。

 嫌われ者の冬だけど、こんな世界からかくれんぼした僕くらいは冬を率直に愛そう。冬を嫌う人たちもクリスマスプレゼントやクリスマスパーティーは好きなはずだ。暖炉の前でくつろぐ、木枯らしを聴きながらの冬の昼下がりは嫌いじゃなない筈だ。

「冬が好きな人が私は羨ましい」

 少女の前髪に粉雪がかかる。

「前、冬に悪いことをしてしまったから」

 歯ぎしりをする。武者震いのように背筋が凍っていく。この予感。この悪寒。見覚えがある。雪が吹きしきる無人駅で僕らは待ち合わせをした。駅構内にクリスマスローズが二輪咲いていたところを見かけた。珊瑚色のクリスマスローズは雪の重みに耐えかねて、近く深く見つめていた。この光景もどこかで見たことがある。冬のデジャブ。冬にはこの上なく、幻視が似合う。

「ほら、来たようだ」

 黒塗りのSL列車が黒煙を吐きながら、構内に入ってきた。列車内に入ると、僕ら以外に乗客はいなかった。

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