第2話 夕暮れ古書店
目が覚めると、とある古書店の前に倒れ込んでいた。おいおい、と一声かけられると、どうやら、おじいさんが僕を心配してくれたのだ、と両目を開くと同時に確認できた。おじいさんは顎髭を蓄え、右手に難しそうな古書を持っていた。僕は雪が混じった外套を払いながら謝罪を言う。僕は片方の靴を脱いだまま、雪道を抜け、牡丹雪をかぶった駅構内で独り過ごしていたはずだった。
「まあ、いい。うちで温かい珈琲を飲むといい」
片方の足が凍えて霜焼けになっている。あんな大雪の降る山道を素足で歩いたのだろから当たり前と言えば当たり前だ。おじいさんに手当してもらい、靴をもらうと古書店の中はノスタルジックな空気感が漂っていた。
「君は本が好きかね」
雪道の中、何度も今まで読んだ本の内容を反芻した。おじいさんは初対面なのに気さく笑ったまま、台所へ行って珈琲を沸かし、古書店の真ん中にある机の上に珈琲カップを置いた。古書店の前に紅葉の木が生えていたから、この世界はどうやら秋のようだ。
古書と珈琲の匂いが鼻腔の中をくすぐる。狭霧が晴れるような秋の暮、古書店の内部はノスタルジックな雰囲気を醸し出したまま、優雅な午後を過ごしている。
汗牛充棟の古書が陳列される店内、まるで、異世界の絶景のような物語がうず高く積まれているこの空間を僕は初めて来訪したのにすぐに気に入った。この古書店でバイトしていれば、日々の悩みや苦しみも永年の賢者が高尚な哲学を披露するようにぱったりとなくなってしまうのだろうか、と思いながら。
僕は客がいないのをいいことに古書店内にある商品である古本を物色する。絶版になった名も無き作家の本、哲学者の全集、日々更新される社会学の本、マニアックな歌集や秘密めいた句集や詩集、移ろう孤独と接した私小説、それらが海千山千、タワーのように並んでいる。僕は僕の言葉を掴めないのに先人たちの智慧に触れれば、この悩みも消えてしまう、と思っていた。それでも、僕は常に不甲斐なさばかり抱えている。
店頭からカランコロン、とベルが鳴った。客が来たようだ。僕は襟を正しておじいさんのいる店に戻った。古書店に入ったのはどうやら、少女のようだった。
こんな平日の夕暮れ、しかも、古書店に似合う白秋にいそいそとやって来るのだから、それなりの事情があるのだろう。少女は黒いフードをかぶっていた。その出で立ちで、何となくの事情を僕は汲み取った。
「星を売って下さい」
「星? 星って何を?」
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