星を買う人

詩歩子

第1話 片方の靴

 しんしんと新雪が降るその日の夜更け、片方の靴を履き忘れて、遠い彼方の夜行列車に乗車していた。片方の靴を履き忘れ、素足のままなのに服装は着膨れて、その夜行列車に乗り込んだ。その日の夜は珍しく初雪が大振りになり、粉雪が地上へ落下するように降り注いでいた。

 僕はその夜一時間に一本しか来ない電車に乗ってそのまま、東へ向かうことに決めた。

 懐に数冊の本を忍ばせたまま、構内を歩くと列車が目に入り、汽笛を聴いてから眠り眼になり、そのまま連れられるように乗車したことは覚えている。列車に乗り込むと片方の素足を自愛しながら列車の中の暖房に身を寄せた。さすがに靴を履き忘れたのはいけなかった、と思いながら古本を読み進める。凍て雲の下、そのページに車窓の隙間から侵入した雪が入り、少しだけページが雪に溶けて滲んだ。

 雪は高笑いする雪の女王の吐息のようにどんどん降り積もる。雪原に咲いている花々は水仙やクリスマスローズ、侘助や寒椿、万年の実が咲いていて、その真珠色に鮮やかな色彩を模すだろうな、と僕はドキドキしながら想像する。

 車窓からもよく見えたその雪の白さはまるで、銀雪の妖精の踊子の輪舞する際の白い衣装の裳裾のようにそれは美しく見えた。

 汚れちまった悲しみに、今日もこの身に雪が降り注ぐ、と僕は心の中で呟いた。雪にまつわる言葉だけでも数百種類はある。僕が一番好きな季節、それは冬。そして、冬を彩る雪。僕は途方もないくらい冬を愛していた。

 雪雲の下、列車は冬の夜半、ようやく目的地に到着したようだった。列車の汽笛が鳴り、煙が冬空に向かって棚引き、吐息が濛々と籠ると僕は導かれたようにその駅へ降りた。

 無人駅だった。あれ、温感がさっきとは違う。何故だろう、と思い立って周りを確認するとその駅はもう長い冬ではなかった。いかにも雪女が出没しそうな夜だったのにその無人駅の周辺だけ、涼しげな秋の世界だったからだ。僕はそのアンバランスな不可思議現象に惑わされて、その無人駅の光源へと向かった。そのうち、我を感じなくなり、意識が遠のくと霜焼けした左足の痛みさえも忘れ、意識を失い、倒れ込んでしまった。

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