02:『ラスト・アンダーテイク2』
続編の名前は『ラスト・アンダーテイク2』。
発売前に転生したため、2のシナリオの内容をほとんど知らない。
広告動画内で流れていた内容は、『魔王討伐から1年後、因縁の敵たちが集結する』という断片的な情報だ。
その『因縁の敵たち』のなかに、間違いなく俺――ダリウスも含まれる。幽閉エンドは続編への布石だったのだ。
なにがきっかけで俺が『悪役貴族』になるのか、シナリオの詳細がまったくわからない。
魔王軍側にいた人間は、自分の意思でいるキャラもいれば、洗脳されて操られているキャラもいた。
続編のダリウスはどのパターンで再び悪役貴族になるんだ?
悪の道にわかりやすく誘ってくれるのなら対応のしようもあるが、洗脳だと手の打ちようがない。
考えに考え抜いた末、俺は家を飛び出した。置手紙に「必ず戻る」とだけ書き残し、資金調達のため家からすこしばかりの貴金属を拝借して。
計画はシンプルだ。
ゲーム主人公が魔王を倒してくれるまで、地方を転々としながら宿暮らしをして、フラグを立てないよう逃げ続ける。
そう考えていたが……計画は早々に破綻した。
貴金属を盗まれ、一文無しになったのだ。
だが、家には戻れない。
いつ『悪役貴族』のルートになるかわからないからだ。
最初はゲーム知識を利用して、交換レートの高い薬草を見つけて売ってしのいでいた。しかしゲームのように無限ポップしないためすぐ尽きる。
ゲームお約束の宝箱は、中身が空っぽか、撤去済みだった。
安宿で寝起きして、日銭を稼ぎ、なんとか食いつなぐ日々が始まった。用心棒をしたり、商隊の護衛をしたり、今回のようにドラゴン駆除をしたり。
常に、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされ続ける。
次第に心が荒んでいくのを感じた。しかし、魔王が倒されるまでの辛抱だ。
俺は絶対に
◇ ◇ ◇
俺は森のなかを歩く。
疲労で体が重く、足元がふらつく。乾いた落ち葉が足の裏で踏み潰され、耳障りな音を立てる。
「あー、しんどい……」
俺はすこし魔法を使っただけで体力をごっそり持っていかれる。魔力がほとんどなく、魔法適性がおそろしく低いからだ。
たとえると、ガソリンがすくないうえに、燃費効率が最悪のエンジンを積んでるようなものだ。その状態で無理やり走ると、当然ガタがくる。
いくら体を鍛えても、魔力は増えないし、魔法適性は変わらない。
「くそが……」
魔法を使わなければいいだけの話だが、ドラゴン相手では通常の剣技は役に立たない。
まさに諸刃の剣だ。
単価が高いためつい依頼を受けてしまうが、駆除が終わったあとの疲労感にいつも後悔する。
魔物避けのアイテムを首から下げているが、万能ではない。ここでぶっ倒れていたら、魔物たちの昼メシになってしまう。
「誰が、昼メシ、だ……!」
気力を振り絞って歩を進める。
やがて、木々の間から目的の村が見えてきた。ドラゴン駆除の依頼元の村だ。
魔王討伐後、かつて魔王軍が支配していた地域への開拓が盛んに行われるようになった。
この村もそのひとつで、開拓者たちが作った木造の家や倉庫がぽつぽつと点在している。柵に繋がれた牛が鳴き、鶏が地面をつつきながら歩く。
体力が限界に近付いていた。
意識が遠のきそうになるのを感じ、村の端にある木の根元に腰を下ろす。
微風が吹き抜け、火照った体をすこしだけ冷ましてくれた。木漏れ日の柔らかな光が心地よい。
立てた膝に両肘を置き、手のひらで顔を覆い、目を閉じて顔をうつむけた。
じっとして体力回復を待つ。
どれくらいそうしていただろう。
――カサッ
近くで足音がした。
ここは魔物よけ石の結界のなかだから村人だろう。気配も人間だ。
疲れきった姿を見られるのは恥ずかしいので、俺は気付かないふりをした。
――カサ、コソ
足音が近づいてくる。慎重そうに、ゆっくりと。
俺は剣の柄に手を伸ばした。こんなところで襲われるとは思わないが、念のためだ。
――カサ、コソ、カサ
素早く顔を上げると、琥珀色の瞳が俺を見つめていた。
長いまつげに縁取られた目が、ぱちぱちとまばたきする。
小柄な少女が四つん這いになり、俺の顔を覗きこんでいた。
「にゃーん。ねこです」
少女は地面にぺたっと座り、手で猫のポーズを取った。子供のように無邪気な笑顔で、楽しそうにくすくす笑う。
俺は力が抜け、構えていた剣を取り落としてしまった。
苦笑いとともに、はあ、と思わず溜め息がもれる。
彼女の名前はニイロ。
ゲームに登場するアイテム売買のNPCだ。
俺が家出をしたあと、貴金属を売るため何度か取引をしたことがある。彼女とは顔見知り程度の仲だった。
彼女の見た目はただの行商人だ。渋い赤色の短い上着、丈夫そうな布地のズボン、革靴のブーツ。
赤みがかった灰色の長い髪を後頭部の高い位置で結び、毛先が肩の上で揺れている。
顔は、美少女の部類に入ると思う。大きな目が特徴的な、幼いながらも整った顔立ち。
年齢は俺より2個下の16歳だったか。
彼女は真面目に取引をするときもあれば、意味のわからない冗談を連発するときもある。
ゲーム中は彼女をほとんど利用しなかっため、まだキャラをつかめていない。
「……なんのつもりだ」
「疲れているようでしたので、癒そうと思って。ダリウスさん限定のサービスですよ」
「猫には癒やされない」
「ありゃ、犬派でしたか?」
彼女は俺の手を無理やり引っ張り出し、両手で包み込む。
「お手です。わん」
彼女の手は驚くほど柔らかかった。
転生後すぐ王宮騎士団に所属して、華やかなパーティだのダンスだのとは無縁な暮らしで、まともに女子に触ることがなかった。
前世の経験? 聞かないでほしい。
しかし、ここで動揺した姿を見せるのはダサすぎる。
男の意地を見せて、俺は腹に力を入れてポーカーフェイスを死守する。
「握手はお手じゃない」
「ふふ、わがままですねぇ」
「わがままって……」
いくつも言いたい言葉が浮かんだが、これ以上振り回されるのが嫌で、反論をぐっと飲み込んだ。
俺の苦々しげな反応に満足したのか、ニイロは目を細めて納得したようにうなづいた。
「お久しぶりですね、ダリウスさん。いい天気ですよ」
唐突に、無難な挨拶と無難な話題を振ってくる。
どういう情緒なんだ。
俺は相手のペースに巻き込まれるのが嫌いだ。だから彼女のことは苦手だった。
ニイロは俺に笑顔を向けていたが、その表情が、ふと真剣なものに変わった。
「ダリウスさん」
声がわずかに低くなり、浮ついた空気が消え去った。
彼女の大きな琥珀色の瞳が俺をまっすぐに見つめる。
「私、ダリウスさんには、死んでほしくないです」
唐突な言葉に、俺は一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。
なんだ、突然。
「そんなに疲れて見えるか」
「心配ってことです」
「でも、お前には関係ないだろう?」
俺は貴金属をたくさん売る上客ではなくなり、いまはポーションひとつ買えない貧乏な男だ。利用価値など無に等しい。
「俺にドラゴン駆除の報酬が入っても、ぜんぶ生活費で消えるんだ。他のカモを見つけたらどうだ?」
我ながら意地悪な言葉だな、と思った。
案の定、ニイロは目を伏せてしまった。微風が吹いて、彼女の前髪を弱々しく揺らす。
しまった、言い過ぎたか。
疲れて余裕がなくなっている自覚はある。年下の女の子に当たるのはダサすぎた。
謝るべきか迷っていると、彼女がぱっと顔を上げた。
その顔はいつもの軽薄な笑顔に戻っていた。
「私はダリウスさんを愛していますから」
芝居がかった口調で言う。
傷ついていて痩せ我慢しているのか、本当に気にしていないのか、判断がつかない。
俺が次の言葉を見つける前に、ニイロはいつもの調子で続けた。もうこの件は終わりだと言わんばかりに。
「ところで、お仕事は終わりましたか? 街に戻るなら一緒に行きましょうよ」
「……いや、依頼主の村長から報酬をまだもらってない」
謝るタイミングを逃し、俺は世間話に乗っかるしかなくなった。
ニイロは手を胸の前でぱんと打ち、妙案がひらめいたかのように言う。
「それじゃ私も一緒に行きますね」
「なぜ……?」
彼女は足元に置いていた大きなリュックを背負い、俺に向き直る。
「迷子になるかも」
「村長の家はここから見える」
俺は家を指さすが、その腕を無言で掴まれ、立てと言わんばかりに引っ張られる。
これ以上の問答を諦め、ひとつため息をついたあと、手を引かれるまま立ち上がった。
並んで立つと、ニイロは俺の胸ほどの高さしかない。
その小柄な彼女のどこにそんな力があるのか、俺の腕に両手をからませ、しっかりと掴んで離そうとしない。
……柔らかい2つのなにかが腕に当たる感触がある。
ニイロを見ると、ニヤニヤと笑いながら俺を見上げている。
「なんですか、ダリウスさん?」
反応したら負けのやつだ。
俺は顔をそむけて無視した。ニイロがさらに笑みを深めた気配がするが、気のせいだ。
本当にもう、なにがしたいんだ。
嫌がらせか。
彼女は細身のわりに凶悪な大きさの胸部の武器を、俺の腕をはさむようにして……これ以上考えるのはやめよう。
俺は腕を振り抜くようにして引き剥がした。ニイロは「もうっ!」とよくわからない怒り方をする。
大きなため息をついて、諦めの気持ちで呟いた。
「……行くか」
歩き始めるための一歩を踏み出した、その時だった。
遠くで悲鳴が聞こえた。それも、何人もの。
聞こえた方に目を凝らすと、建物の隙間から、四つ足のオオカミのような黒い姿が垣間見えた。
俺は反射的に剣を掴んだ。
魔物だ。
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