方針が立った

 エリックのブローチから、ローズベルの上品な笑い声が響く。

「そんなに驚かなくてもいいのに。ちょっとお話をしたいだけよ」

「……どんなお話でしょうか?」

 エリックの表情がこわばる。緊張しているのだろう。

 ローズベルが穏やかに語る。

「このたびは大変だっだでしょう。ブレイブだけでなく、ダーク・スカイとも戦う事になったのだから。彼は医務室で治療中よ」

 皮肉混じりの言葉を聞いて、エリックは大粒の唾を呑み込んだ。冷や汗が止まらない。

 エリックは自分を落ち着けるために、深呼吸をする。


「ダーク・スカイは到底受け入れられない作戦を決行していました。闇の眷属の未来を守るために、止めるべきだと考えました」


「人質作戦の事ね。私たちは合理的な作戦だと思ったのだけど、ダメだったのかしら?」


 私たちの方針に逆らうのかしら?

 暗にそう言っているのだ。

「あなたの考えを詳しく聞かせてほしいわ。リベリオン帝国中央部の王城まで来れるかしら?」


 来れない理由はないでしょう?

 言外からそんな圧力を感じる。

 エリックはゆっくりと頷いた。

「行きます」

「嬉しいわ。久しぶりにたっぷりと話しましょう。待っているわ」

 エリックはブローチから手を放し、深い溜め息を吐いた。


「服装を整えたら行ってくる」


「寝間着に外套はまずいな」


 ブレイブが頷いた。

「できればローズベルに、東部地方が抱える問題を報告してほしい。何かヒントを得られるかもしれない」

「そうするつもりだ。取り合ってもらえるか分からないが」

 エリックは立ち上がり、ミネルバに声を掛ける。

「必ず解決できるとは言えないが、やれる事があればやらせてほしい」

「……おまえが何を考えているのか理解に苦しむ。だが、クレシェンド王国の住民にとって利益になるように努めるのなら、しばらく大人しくしよう」

 ミネルバは苦々し気に言った。

 もとより闇の眷属、ましてや強力なローズ・マリオネットと争いたいわけでは無かったのだろう。しかし、祖国奪還の大儀があったのだ。

「言っておくが、共存をするつもりはない」

「当たり前だ。俺だってあんたを好いているわけじゃない。争えば良いとは考えないだけだ」

 そう言い残して、エリックは部屋を歩き去った。

 ブレイブは右手で拳を作った。


「僕たちもリベリオン帝国の中央部に向かおう」


「え?」


 その場にいる全員の視線がブレイブに集まる。みんな疑問を感じている。

 ブレイブは続ける。

「今後の方針が立ったのは良かったけど、エリックだけに任せるのは可哀そうだ。東部地方が抱える問題は、みんなで解決するべきだ。僕たちからもローズベルに相談を持ち掛けよう」

「ローズベル様が交渉に応じるとは限りませんわ」


 シルバーが異を唱えた。


「無駄足になるかもしれませんし、侵入者とみなされてリベリオン帝国中央部の軍勢と戦う羽目になるかもしれませんわ。北西部地方担当者たちも黙ってはいないはずですわ」

「中央部は分かるけど、北西部地方担当者たちはどうして?」

「リベリオン帝国中央部に行くには、リベリオン帝国から北にある細い山道を通るしかありませんの。北は北西部地方担当者のローズ・マリオネットたちの管轄ですわ」

 ブレイブは腕を組んだ。

「ローズベルか北西部担当者たちに、予め話を通す事はできないのか?」

「地方担当者からローズベル様に連絡をするのは、許されない無礼ですわ。あの方は高貴で尊い存在ですの。北西部地方担当者たちに山道を通るなんて話をするのは、反乱を企んでいると言われ、東部地方に攻め込む口実を与えるだけですわ」

「里帰りをしたいと言ってもダメなのか?」

「住み分けをして久しいのです。怪しまれますわ」

「リスクが大きいのか……分かったよ。僕だけで行く」

 ブレイブの視線は真剣だ。

 シルバーは溜め息を吐いた。

「意見を曲げる気はなさそうですわね。あなたを放っておいたら、私がローズベル様から怒られてしまいますわ」

 シルバーは微笑む。


「ブレイブの監視という名目で、私も行きますわ。可愛い獣たちを貸します。あなたと旅をするのは楽しいですし」


「えっと……その前に休みませんか?」


 メリッサがおずおずと口を開く。

「体力が限界です」

「お休みいただくお部屋のご用意はあります」

 クリスが微笑む。

 シルバーは頷いた。

「そうですわね、休みましょう。私も疲れましたわ。いざという時はブローチでエリックと連絡がつきますし」

「そうか……アリアはどう思う?」

 ブレイブに意見を求められて、アリアは恭しく一礼した。

「ブレイブ様に従うのみです」

「分かった。メリッサが限界のようだし、少し休もう。部屋は男女で別れていいか?」

 ブレイブが尋ねると、クリスは快く頷いた。

「大丈夫です。どうぞゆっくりお休みください」

「そうか、ありがとう」

 ブレイブがお礼を言った。

 この瞬間にクリスの瞳に怪しい光が宿り、口の端がわずかに上がったが、誰も気づいていなかった。

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