譲れない主張

 白い日干しレンガのお屋敷を、大勢の人間が囲っている。頭からくるぶしまでスッポリ覆う通気性の良い白い服をたなびかせた集団で、それぞれが武器を手にしている。何かあればお屋敷に突撃するつもりだろう。物々しい雰囲気だ。

 お屋敷の門は、彼らのリーダーであるミネルバの操る炎のワールド・スピリットで壊されている。侵入は容易である。


 そんなお屋敷の中で、ブレイブたちは最も広い部屋で集まった。


 応接間として使われていたのだろう。クリーム色のソファーが幾つも並べられていた。

 ソファーは、大人が三人座っても幅が余る。部屋の入口に一番近いソファーに、ブレイブとメリッサとアリアが座る。ブレイブたちと向かい合うようにエリックとシルバーが座る。その傍で、白髪を生やす若い男が立っている。男は執事の服装をしている。ブレイブとは初対面である。

 ブレイブは穏やかに口を開く。


「初めましての人がいるね。僕はブレイブ・サンライト。君は?」


「クリスと申します。このような場にお招きいただき光栄です」


 クリスは緊張した面持ちで答えていた。

 シルバーが両足を組んでフフンと得意げに鼻を鳴らす。

「クリスは自慢の執事ですの。何でも任せられますわ」

「お褒めに預かり光栄です。しかしながら、シルバー様の留守を任されるのは荷が重すぎました」

 クリスは憔悴した表情になって震えている。ミネルバたちの襲撃は恐ろしかったのだろう。

 ミネルバはソファーに座らず、部屋のドア付近で立っていた。ソファーに罠が仕掛けられているのを警戒しているという。


「無駄話はもういい。クレシェンド王国を返せ」


「それが人にものを頼む態度ですの?」


 シルバーが不愉快そうに顔を歪める。

「ここはリベリオン帝国の東部地方ですわ。私たちに逆らわないなら住まわせてあげてもよろしいのに」

「おまえたちが無理矢理奪い取った土地を返してもらうだけだ。頭を下げる理由は無い」

 ミネルバの赤い瞳がぎらつく。

「返すつもりが無いのなら、実力行使だ」

「待ってくれ、それじゃあ何でこの場を設けたのか分からなくなる!」

 ブレイブが立ち上がって、シルバーとミネルバの順に、真っすぐな視線を向ける。

「二人の主張は分かったよ。シルバー、クレシェンド王国を返す事はできないのか?」

「そんな事をすれば東部地方担当者の沽券に関わりますわ。水源のある土地を譲ったら、この辺りに住む闇の眷属が干上がってしまいますわ」

「そうか……なんとか住める場所を増やしたいね」

 ブレイブはうめいて、メリッサに視線を送る。

「何かいい案は無いかな?」

「そんな事をおっしゃられましても……この地域は灼熱の太陽に熱せられるので、ほとんどのものが干上がってしまいます。水源が残っている場所が存在する事が奇跡的だと思います」

「水……そうか、水が足りればいいのか!」

 ブレイブは両手を叩いて笑顔を浮かべる。

「水がたっぷりあるアステロイドから引ければいいのか!」

「何を言っている!?」

 ミネルバが両目を見開いた。

「ここからアステロイドはかなり距離がある。無茶だ!」

「空間転移を使える人物と交渉するのはどうだろう? 距離が関係なくなるから」

 ブレイブの提案を聞いて、エリックが露骨に口の端を引きつかせた。

「まさかダーク・スカイに頼むのか?」

「闇の眷属を守るためと言えば力を貸してくれるかもしれない」

 ブレイブは自信たっぷりに頷く。

 エリックは首を横に振った。

「ローズベル様が命令すれば何か考えるかもしれないが、俺たちが頼んでも耳を貸さないだろう」

「そうか……僕たちは敵と認識されてしまっているのか」

 ブレイブは溜め息を吐く。

「うまく話し合えれば良かったな」

「あんたが悪いとは思わない。ダークの主張は一方的すぎる」

 エリックは淡々とした口調で続ける。

「俺たちに何かできる事があればいいが、水源は保留にした方がいいだろう。問題は、闇の眷属とクレシェンド王国の人間の住処だ」

「この土地はクレシェンド王国の人間のものだ。譲るつもりはない」

 ミネルバが言い放つ。

「闇の眷属は闇に帰ればいい」

「それはできませんわ。この地域に住む闇の眷属は、力強い太陽と乾いた風が好きですの。他の地域に移り住むなんてお断りですわ」

 シルバーがきっぱりと反論する。

「水源が確保された土地で様々な資源を楽しんでいますのよ」

 エリックが口を挟む。

「共存は難しい。だが、土地の確保のために争うのが得策とは思えない。新たな闘争を生むだろう」

 ブレイブは両腕を組んでうめく。


「いったいどうすればいいんだろうか……?」


 沈黙がよぎる。シルバーとミネルバの視線は険しい。いつ暴れ出してもおかしくない。

 ブレイブは頭を抱える。

「事態を変えるきっかけはないだろうか……」

 ふと、エリックの襟元のブローチが震える。薔薇の形をした紫色のブローチで、同じ形のブローチを持つ人間と言葉を交わせる。一時的にシルバーに預けられていたが、エリックに返されたのだ。

 エリックがブローチに触れると、艶やかな女性の声が発せられる。


「エリック、時間はあるかしら?」


「ローズベル様!?」


 エリックの声は裏返り、両目を見開いた。

 ローズ・マリオネットの司令塔が突然に話しかけてきたのだ。空気が張り詰めた。

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