東部地方の惨状
クレシェンド王国の惨状
エリック・バイオレットの溜め息を、乾いた風がさらっていく。炎天下の攻防は異様に長引いていた。
クレシェンド王国のかつての住民たちの襲撃を、穏便に収めようと努めている所だ。彼らの多くはエリックの操る鋼鉄のワールド・スピリットに囚われて、身動きが取れない。木の根状の鋼鉄に絡め取られているのだ。彼らがエリックを倒せないのは明らかだ。
エリックに彼らを殺すつもりはない。戦う心づもりもない。本気で穏便に収めたいだけなのである。
しかし、彼らのリーダー格であるミネルバが会話に応じない。
ミネルバの操る炎のワールド・スピリットはほぼ制圧されているが、攻撃をやめる気配がない。かといって無理に昏倒させても、あとで説得するのがより面倒くさくなるだろう。
「無駄なあがきを」
「黙れ! 私はまだ戦える!」
エリックのぼやきが聞こえてしまったようだ。
ただでさえ諦めの悪いミネルバの闘志に火をつけてしまう。赤い瞳は見開かれた。
「エンジェル・フレア、バースト」
相変わらずの火炎による攻撃。エリックは鋼鉄の盾で防ぐ。この応酬は朝から昼頃まで続いている。太陽の光が強くなり、どれほど暑さに強い人間でも、汗が滲む。
ミネルバは肩で息をしている。
対するエリックの限界はまだまだ先だが、飽きてきたのが本音だ。
「そろそろ対話を考えてくれないか? 俺に攻撃の意思が無いのは分かるだろう」
「闇の眷属と話をするなど言語道断! 穢れた種族を燃やし尽くしてやる! エンジェル・フレア、バースト」
また火炎が投げ込まれ、鋼鉄の盾に当たって霧散する。
エリックは銀髪をポリポリとかく。
「……穢れた種族と言われても、俺もあんたも人間という種族なんだけどな」
「黙れ! 誇り高き私たちを愚弄する事は許さない! エンジェル・フレア、アロー」
今度は数本の炎の矢が飛んでくるが、結果は同じだ。エリックには届かない。
ミネルバはガックシと肩を落とす。ワールド・スピリットを放ちすぎて、限界が来たのだろう。
しかし、ミネルバが諦める気配は無い。
短剣を取り出して、含み笑いをした。
「さすがはローズ・マリオネット。やはり強い」
「まあ……そうなのか」
エリックは曖昧に答えた。
ミネルバの雰囲気は剣呑だ。会話をする気があるとは思えない。
案の定、ミネルバは短剣を構えてエリックに襲い掛かる。
狙いは分かったし、エリックにとって遅い。エリックは難なく短剣を奪い取って、ミネルバの腕を取って背中に回し、地面に押さえつけた。
「あんたを殺すつもりは無い。ただ、話を聞いてほしいだけだ」
「うう、ぐぅ……」
ミネルバは完膚なきまでの敗北を認めたくないのか、赤い瞳に涙を浮かべてうめくだけだ。
そんな時に、声を掛ける茶髪の少年がいた。
ブレイブだ。シルバーが召喚した猛獣に乗ってきたのだ。
「エリック、これはいったい!?」
ひどく驚いているようだ。
エリックは周囲を見渡して合点がいった。木の根状の鋼鉄に囚われた人々が、もがき疲れてぐったりしている。加えて、彼らのリーダーであるミネルバを押さえつけているのだ。惨憺たる状況である。
エリックが一方的に侵略行為をしたと思われても仕方ない。弁明をするべきだろう。
「お屋敷を襲撃していたから動きを止めた。全員生きている」
「生きているのか、良かった!」
ブレイブは安堵の溜め息を吐いて、笑顔を浮かべた。
一方でミネルバは悔しそうだ。
「エリックの味方が来たのか……絶望的だ」
「安心してくれ、僕は君の味方でもある。名乗り遅れたけど、ブレイブ・サンライトだ。サンライト王国の王子だった」
「ブレイブ王子だったのか!?」
ミネルバの両目が丸くなる。
ブレイブは猛獣から降りて、微笑みを浮かべてミネルバに手を伸ばした。
「僕は世界を癒したい。できれば力を貸してほしい」
ミネルバは呆然としていた。何も言えない。
エリックがどく。
ブレイブはミネルバの手を引いて、ゆっくりと起き上がらせた。
「闇の眷属だって必ずしも悪人じゃないんだ。彼らの話も聞いてあげてほしい」
「そんな……サンライト王国最後の希望がそんな事を言うなんて……!」
ミネルバは息せき切って言葉を放つ。
「奴らは世界を滅ぼそうとした大罪人だ。許してはいけない!」
「僕は詳しい事情を知らないけど、彼らなりに何かあったんじゃないのかな?」
ブレイブがエリックに視線を向ける。
エリックの紫色の瞳が微かに揺れた。
「ルドルフ皇帝を生き返らせる時に事故があったと聞いている」
「事故ですむものか! 世界中の人々が犠牲になったのに」
ミネルバは嗚咽を漏らす。
「クレシェンド王国の国民がどれほど恐怖し、絶望したか……!」
「辛かったよね。僕が生まれる前の出来事だったみたいだけど、みんな大変だったね」
ブレイブはしゃがみ、ミネルバをそっと抱きしめて、ポンポンと背中を優しく叩く。
「僕が教わった幸せになるおまじないだ。効くといいな」
「ブレイブ王子、そんな……私ごときに……」
「君も大事な人間だ。自分を卑下しないでほしい」
ブレイブが諭すように言うと、ミネルバの赤い瞳から涙がこぼれた。
ブレイブは続ける。
「何もかもを一人で背負わなくたっていいと思うんだ。とにかく話し合おう。すぐには解決策が見つからなくても、きっと一歩前に踏み出せる」
ブレイブはミネルバからゆっくりと離れた。
ミネルバは涙を拭って立ち上がった。
「ブレイブ王子からのお達しだ! 闇の眷属と世界情勢に関する話し合いをする! 納得のいく回答が得られれば良いが、新たな闘争もやむなしと覚悟してほしい!」
ミネルバの掛け声に元気よく応える人間はいない。みんなもがき疲れているのだ。しかし、拳を作って賛同の意を示す人間は何人もいるのだった。
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