猛獣とマリオネットの乱舞

 シルバー・レインの召喚した黒紫色の猛獣たちは、咆哮をあげて一点目掛けて駆けていた。猛獣たちは黄色い瞳を光らせ、牙や爪を剝き出しにしてダーク・スカイに襲い掛かっていた。

 荒れ狂う猛獣たちの襲撃を、ダークは半笑いを浮かべて迎撃していた。両手でナイフを振り回し、舞い踊るように身体を翻す。半歩間違えれば猛獣たちに食われ、八つ裂きになる駆け引きを、楽しんでいるようだ。

 切り刻まれた猛獣は暴れまわる力を失う。地に伏せる瞬間に、毒々しい黒紫色の体液を噴射させる。猛毒の血しぶきだ。服の上でも浴びれば身体を溶かされて、致命傷になり得る。

 猛獣たちはいずれも体内に猛毒を宿している。ダークも承知のうえでナイフで切り刻んでいるのだ。

 ダークは猛獣たちと血しぶきの合間に身を躍らせ、相手を猛毒で食らい尽くす事しか知らない猛獣たちと、サンライトの大地で踊り狂う。恐れを知らないローズ・マリオネットの狂気じみた駆け引きは、過酷な舞踏のようでもあった。

 その様子を見ながら、シルバーは額に汗をにじませた。


「分かりきっていたつもりですけど、強いですわね……」


 月明りを浴びて光るナイフの乱舞と血しぶきは苛烈さを増す。シルバーがいれば猛獣が尽きる事はないが、死の乱舞は永遠に終わらないだろう。

 シルバーは敵意を込めた視線を浮かべて微笑む。


「強いのは分かりますけど、この私を本気にさせた事を後悔していただきますわ。デッドリー・ポイズン、ヘイトレッド・ファウンテン」


 シルバーが新たなワールド・スピリットを放つ。

 猛獣たちの身体が溶けて、黒紫色の液体になる。猛毒を含む液体で、少しでも触れれば肉体を浸食し、死に至らしめ得る。黒紫色の液体は噴き上がり、ダークを囲うように降り注ぐ。

 ダークは足を止めて溜め息を吐いた。


「コズミック・ディール、リバース・グラビティ」


 ダークの周囲の地面が轟音を立てて、勢いよく宙へ舞う。猛毒の液体は、大量の土砂と共に宙に放り出される。放り出された土砂と猛毒は、あろうことかブレイブに向かって降り注ぐ。

 シルバーとニーナの顔面は蒼白し、アリアとメリッサは悲鳴をあげた。重量のある土砂も、猛毒も、致命傷になり得る。ブレイブに襲い掛っているバルトもただではすまないだろう。

 バルトは覚悟をしていた。

 妻を人質に取られたとはいえ、罪のないブレイブを傷つけるのに罪悪感を覚えていた。これ以上ブレイブに襲いかかるのは、胸が痛む。

 バルトは、ブレイブを突き飛ばした。土砂と猛毒から逃れさせるためだ。

 自分が死ねば妻が殺されるかもしれないが、妻はあの世で納得してくれるだろう。ブレイブを殺すという最悪の選択肢を選ばずにすむ。

「ブレイブ王子はサンライト王国最後の希望だ。きっと俺たちの仇を打ってくれるはず」

 バルトは悲壮な決意のもと、猛毒を含む土砂に飲み込まれようとしていた。

 しかし、事態はバルトの思うようにならなかった。

 突き飛ばされたブレイブは、バルトから離れないように、両足に力を込めて踏ん張った。そして、バルトの手を強引に引っ張って走りだした。

 バルトは困惑した。

「なんで俺を助けようとするんだ!?」

「僕が助けたいから!」

 ブレイブの返事は答えになっていないが、必死の形相である。真剣なのだろう。

 猛毒を含む土砂が迫る。

 二人が全力で走ったのが功を奏して、生き埋めは免れた。

 しかし、いくらか土砂も猛毒も浴びる。ブレイブとバルトの皮膚がただれていく。ブレイブのヒーリングが初期レベルだったら、二人とも絶命していただろう。

 ブレイブは微笑んだ。

「毒の治療ができるようになって良かったよ」

 シルバー・レインと戦い、猛毒の洗礼を浴びた時に、土壇場で毒を除いて回復させる事ができるようになった。ブレイブもバルトも皮膚のただれは治っていた。

 ブレイブはバルトから手を放して、両の拳を構える。

「まだ戦えるよね?」

「あ、ああ……」

 バルトは曖昧に頷いた。

 シルバーは胸をなでおろした。

「さすがブレイブですわね」

「おい、シルバー。さっきから何のつもりだ?」

 ダークが睨む。

「ローズ・マリオネット同士の喧嘩はローズベル様が禁止しているよな?」

「これは喧嘩ではなく、お仕置きですわ」

「は? なんで?」

 ダークが両目を丸くする。

 シルバー自身、自分でも何を言っているのかよく分からないが、言い負かされるわけにはいかない。口から出た言葉を訂正するわけにはいかない。

 とにかく言葉を重ねる。

「先にワールド・スピリットを使ったのはあなたの方ですわ。どうせ会話や交渉だけではマウントを取れないからでしょうけど。人質を取る戦法も卑怯ですわ」

「ブレイブ相手に会話や交渉でマウントを取る必要がねぇだろ。敵同士が戦うのに、なんでてめぇが文句を言うんだ?」

 シルバーの全身がこわばる。

 人質を取るのを卑怯だと思ったのは本音である。エリックが人質を助けに行ったのを、心の底から応援したいと思っている。

 しかし、本音を口にするわけにはいかない。人質を意識されると、エリックが助けに行きかねないと思い当たるかもしれない。エリックが人質を助けに行ったとバレれば、人質たちはもちろん、ダークの作戦を邪魔したエリックの身も危うくなる。

 シルバーは内心の動揺を微笑みで包み隠す。


「ブレイブは命の恩人ですわ。もっと丁重に扱いたいのです」


「ブレイブは敵の旗頭だぜ。そんなものを丁重に扱うな。そもそもてめぇ、リベリオン帝国東部地方担当者なのになんでこんな所にいるんだ? 担当地方を死守しろと言っておいたよな?」


 リベリオン帝国の東部地方から離れたのは、エリックが敗れたという連絡を受けて居ても立っても居られなくなったからである。エリックの生死を確かめたかったのである。そんな事を話せば、それこそエリックを意識させてしまう。

 シルバーが言葉に窮していると、ダークが追い打ちを掛ける。


「エリックがいないようだが、何か知っているか?」


 シルバーは答えられない。苦渋に満ちた表情になった。

 エリックから預かった紫色の薔薇のブローチを握りしめて、視線をそらす。

「……乙女の秘密を土足で踏み荒らさないでいただきたいのですわ」

「秘密にしなければならない事か。なるほどな」

 ダークを確信して頷いた。


「あの野郎、人質を解放しに行ったな」


 襟元の黒い薔薇のブローチに触れる。人質を管理しているグレゴリーと連絡を付けるつもりだろう。

 人質を殺させるつもりだろう。

 シルバーは声を張り上げた。

「おやめなさい! あなたは私と正々堂々勝負しなさい!」

「そうですよ、戦えるくせに卑怯です!」

 メリッサも声を張り上げた。

「あなたは充分に戦う力があります。それなのに、人質を取るなんて間違っています!」

「殺し合いに間違いもクソもねぇよ」

 ダークは呆れ顔になって舌打ちをする。

 その手元に、明滅する小さな光が舞い降りる。

「なんだ?」

 ダークはいぶかしげに光を見つめる。

 メリッサは得意げにふんぞった。


「それは私のワールド・スピリットです。気になるでしょう」


 ダークはブローチから手を放し、明滅する光を払いのける。

 しかし、光はまたダークの手にくっつく。

 眉根を寄せている。警戒しているようだ。

 グレゴリーと連絡を取るのは後回しにしたようだ。

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