ひどすぎる作戦
ブレイブは声を張り上げる。
「みんな人質を取られて仕方なく戦うんだ! みんなが生き延びるように何か考えよう!」
「できるだけ粘ります。しかし……」
アリアが一歩前に出る。微風に金髪がなびき、月明りを受けた長剣がうっすらと光る。
「最優先にするべきなのはブレイブ様の命です」
アリアは戦闘相手となる男女五人を一瞥する。
向かって一番左の女が弓を引いている。左から二番目の男が震える手で長剣を握り、斧を持つ真ん中の男が眼光鋭くアリアを睨む。右から二番目の細身の男が両手にダガーを持ち、一番右の女は槍を構えていた。
アリアは溜め息を吐く。
「鍛えられているようだが、チームワークをうまく取れるような組み合わせに見えない。本気で私とやり合うつもりなのか?」
「サンライトの戦士なんか、本当は戦いたい相手じゃない。だが、誰かがブレイブ王子を殺さないといけないんだ。そうしないと、俺の妻を始め人質が殺される」
斧を持つ男が一歩足を前に進める。
アリアは呆れ顔になった。
「同じメンバーで闇の眷属とやり合おうと思わなかったのか」
「情けないとは思っているが、みんな大切な人の命を奪われそうなんだ。悪いが、ブレイブ王子には犠牲になってもらうしかない」
「あくまで私とやり合うのか。それなら容赦する理由はない」
アリアが両目を細める。獲物を狙う目になっていた。
斧を持つ男が雄たけびをあげて、地を蹴る。同時に、長剣を握る男と、ダガーを持つ男が、左右に展開するように走る。
斧がアリアの頭部に迫る。
アリアは涼しい表情を浮かべている。
「遅い」
目にも止まらない速さで長剣が振るわれた。
斧の柄が切り裂かれ、刃の部分が地面に突き刺さる。
アリアの斬撃は止まらない。
「私が斧に襲われている隙に、長剣とダガーでブレイブ様を仕留めるつもりだったのだろうが、狙いが甘い」
男の長剣の刃が斜め横に斬られ、ダガーの男がアリアの蹴りで腹を抱えてうずくまる。
槍の女が追撃を掛けるが、アリアの手刀を首筋に受けて、あえなく地面に倒れこんだ。長剣の男も同じ運命を辿った。
アリアは溜め息を吐いた。
「もう終わりか?」
刃を失った斧の柄を握って、男がうめく。
「どうしようもないのか……?」
「実力差がありすぎる……」
弓の女も絶望的な表情を浮かべていた。
そんな時に、ブレイブが口を開く。
「君たちに聞いてほしい事がある。僕は死にたくないし、君たちの大切な人にも死んでほしくない。一緒に助けにいかないか?」
「どうやって? アステロイドの中心までみんなで走るのか?」
「そうだよ。途中で休みを挟んでもいいと思う」
男がポカンと口を開けて何も言えなくなる。
ブレイブは続ける。
「君たちはアステロイドに向かう僕を、自分たちのペースで追いかければいい。そうすれば僕を逃がした事にはならないし、僕を殺すチャンスだってある。ダークが人質を殺させる理由は無い」
ブレイブの提案に、ダークは苦笑する。
「てめぇがサンライト王国を出た時点で人質を全員殺させるに決まっているだろ」
ダークは襟元に片手を当てる。
黒い薔薇のブローチが光を帯びる。
「おい、グレゴリー。事態を理解していないクソ王子がいるぜ」
「あらん、どうしましょうね?」
ブローチから不気味しい男の声が聞こえる。名前はグレゴリーのようだ。
ダークは笑っていた。
「手っ取り早く人質を一人、殺せよ。子供がいいな。甲高い悲鳴をあげるから」
「りょうか~い。サフィニアなんかどうかしら?」
サフィニア。
その言葉を聞いた時に、弓の女が青ざめる。
「待って、妹を殺さないで!」
「殺さないで? 闇の眷属の何人がそう言って、何人が殺されたっけな? てめぇが一番戦っていないんだ。仕方ねぇよな」
ブローチから泣き声と悲鳴が聞こえだす。
女の子の声だ。
「ニーナお姉ちゃん助けてぇぇえ」
「分かった、戦うから。サフィニアを殺さないで!」
弓の女、ニーナが声を張り上げる。
「ブレイブ王子は絶対に仕留めるから!」
グレゴリーの高笑いが聞こえる。
「暴れたって無駄よん。だ~れも助けになんか来ないから」
「お姉ちゃああぁぁあん!」
ニーナが矢を放つ。
アリアが長剣を構える。
「止まって見える」
「アリア、動かないで!」
ブレイブの命令に、アリアの身体がこわばる。
矢は無情にもブレイブの左肩を貫く。
ブレイブの左肩から血が噴き出す。どれほどの痛みがあるのか想像できない。
しかし、ブレイブは澄んだ瞳でニーナを見つめた。
「君は僕にダメージを与えた。まだ戦えるよね」
「あ……はい」
ニーナは呆然としていた。矢が当たるとは思っていなかったのだろう。
アリアが両肩を震わせる。
「どこまで人が良いのですか!?」
「君には苦労を掛けるけど、頑張ろう。きっと希望はあるよ」
ブレイブは微笑み掛ける。
その様子を見て、ダークは大笑いをした。
「おい、サフィニアの処刑は見送ってやれ! ニーナの矢がブレイブに当たったぜ!」
「あらあら残念」
グレゴリーの舌打ちが聞こえる。
サフィニアの泣き声も聞こえる。
斧の柄を持つ男が、瞳を震わせる。
「見ず知らずの俺たちのために……?」
「君たちは僕と戦う義務があるんだろ? 僕はまだまだ元気だ。お互いに頑張ろう。君の事はなんて呼べばいいかな?」
「バルト。本当に、すまない」
「君が謝る必要なんて無いよ」
ブレイブが親指を立てる。
その後も、バルトが斧の柄でブレイブに襲い掛かり、ニーナの矢をアリアが長剣で切り落とす戦いが続く。
そんな様子を見ながら、シルバーは両手をワナワナさせた。
「ひどすぎますわ。ダークにはローズ・マリオネットとしての誇りはありませんの?」
「昔からだろう」
エリックが襟元にくっつけた紫色の薔薇のブローチを外す。
「預かってほしい、ちょっと野暮用に行ってくる」
シルバーは戸惑いながらブローチを受け取ったが、決意を込めた表情で頷いた。
「分かりましたわ。ダークの気を引いておきます」
「あの、もしかして人質を解放に……?」
メリッサが尋ねると、シルバーは人差し指を立てて口元においた。
メリッサは両手で自分の口を押えて、コクコクと何度も頷いた。
薔薇のブローチがあれば、彼らは互いにすぐに連絡ができる。同時に、ブローチの近くの音を拾う事ができる。
エリックが薔薇のブローチを持っていると、ダークがエリックの周囲の音を拾って、サンライト王国から離れているのがバレてしまう恐れがある。人質は解放される前に、殺されてしまうだろう。
シルバーの周囲の空気が歪む。ワールド・スピリットを使うのだろう。
「デッドリー・ポイズン、ヴェリアス・ビースト」
虚空から何匹もの黒紫色の猛獣が姿を現す。いずれも猛々しくうなっていた。
黒紫色の猛獣たちは、勢いよく大地を駆けて、ダークに襲い掛かる。
同時に、エリックがシルバーに背を向けて走り出した。
「インビンシブル・スチール、スライス・ウィング」
エリックの背中から四枚の薄い鋼色の羽が生えた。間もなく飛び立つだろう。
ダークにエリックの離脱を気づかれたら、人質たちの命はないだろう。
メリッサは全身が震えるのを感じながら、声を出す。
「私もダークの気を引きましょう。アブソリュート・アシスタンス、ファイアフライ」
メリッサの両手の間で、小さな光が明滅する。明滅する光はフワフワと宙に舞い、ダークに近づいていく。
ダークはナイフで猛獣たちを切り裂きながら、半笑いを浮かべた。
「おいおい、シルバー。何のつもりだ?」
「ご挨拶のつもりですわ。先ほどは重力反転なんて、随分な事をやってくれましたね」
シルバーは自らを強調するように、片手を胸に置いた。
「あなたの作戦は生理的に受け付けませんの。私を不快にさせたからには、覚悟なさい」
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