異様な状況

 エリックのブローチは淡く光る。ダーク・スカイと連絡を取るためだ。

 シルバーが大粒の唾を飲み込む。

「嫌な予感がしますわね」

「そうだな。だが、呼ばないわけにはいかないだろう。あいつは放っておくと何をするのか分からない」

 エリックが溜息混じりに言っていた。

 二人の直感は正しかったとすぐに証明される。

 状況の変化は信じられないほど早かった。


「コズミック・ディール、リバース・グラビティ」


 突然にガラの悪い男の声が聞こえたのと、ブレイブたちが異様な状況に見舞われたのは、同時だった。

 地面が砕かれ宙に舞ったのだ。瓦礫も、ブレイブたちも、黒紫色の猛獣たちも宙に放り出される。景色が何度も反転し、上下の感覚が分からなくなる。

 ブレイブたちは、空高く舞い上がっていた。

 重力が地上と反対方向に働いているようだ。

 地上では、黒い神官服をまとう男が低い声で笑っていた。細身で長身の、黒髪の男だ。ダークで間違いないだろう。

 ダークの切れ長の瞳と、宙に放り出されたブレイブの視線が合う。

 ダークは心底愉快そうに両目を細めた。

「死ねよ」

 重力が元に戻る。重量のある黒紫色の猛獣たちが地面に叩き付けられ、のたうち回る。瓦礫が砕け散る。

 人間が同じ距離落下したら、間違いなく命を落とす。

 その時に、エリックがワールド・スピリットを使っていた。

「インビンシブル・スチール、フォレスト」

 地面から生えた鋼鉄の木の根が、落下寸前だったブレイブたちを絡め取る。地面に叩き付けられるのを免れた。

 木の根はブレイブたちをゆっくりと地面に降ろし、地面に溶けるように消えていく。

 エリックは一点を見つめて全身を震わせる。バイオレットを弔った塚があった場所だ。

 塚は跡形もなかった。

「……何のつもりだ?」

「おいおい、俺が本気じゃないのは分かるだろ? ただの挨拶だ」

 怒りに満ちたエリックに対して、ダークは両手を広げて軽い口調で答えた。

 エリックはダークを睨み付ける。紫色の瞳は殺意を燃やしていた。


「死にたいようだな」


「冗談だろ、聞き分けろよ! ブレイブと話し合ってやるからよ」


 ダークが口の端を上げる。

「今のでビビったならそう言えよ。末代まで笑ってやるぜ」

「ちょっと驚いたけど、話し合うつもりがあるのなら良かったよ」

 ブレイブは微笑む。

 ダークの目は悪意と憎悪に満ちている。口の端を上げているが、打ち解ける気が無いのが分かる。

 それでもブレイブは笑顔を向けた。悲しい争いを終わりにしたいと思っていた。

「僕がブレイブ・サンライトだ。世界を癒したいと考えている。そのために君たちリベリオン帝国も協力してくれると嬉しいな」

「世界を癒してどうするつもりなんだ?」

「みんなが幸せになればいいと思う」

 ブレイブが流暢に答えると、ダークは片眉をピクリと上げた。

「みんなが幸せ? そんなものが本気であると思っているのか?」

「そうだよ。僕にできる事は少ないけど、みんなが力を合わせれば、きっと幸せになれる人は増えると思う」

「本気か?」

「もちろん」

 ブレイブの視線はまっすぐだ。

 ダークは口元に片手を当てて、視線を逸らす。

「吐き気がするぜ」

「気分が悪いのなら、すぐに休んだ方がいいよ。きっと長旅だったし」

「そんなじゃねぇよ。てめぇの存在は虫唾が走るぜ」

 ダークは数歩下がる。

「コズミック・ディール、テレポート」

 ブレイブとダークの間の空間が歪む。

 空間の歪みから、五人の男女が横一列に現れた。体格など身体的な共通点はないし、打ち解けている雰囲気はない。いずれも武器を持ち、緊張した面持ちでブレイブを睨んでいる。

 戦闘体制であるのが明確だ。

 ダークはニヤ付いている。


「ボンクラと付き合うつもりはないぜ。敵味方問わずな」


「この人たちはいったい誰だ?」


 ブレイブが尋ねると、ダークは舌打ちをした。

「察しが悪い王子様だな。てめぇを殺そうとしている人間たちに決まっているだろ」

「みんな初対面だ。どうして僕を殺そうとするんだ?」

 ブレイブが五人の男女を見渡す。

 中央にいる斧を持つ大柄な男が、震えながら口を開く。

「俺がおまえを殺さないと、妻が殺されるんだ」

「人質を取られているのか!? どこにいる!?」

「……アステロイドだ」

「なんだって!?」

 ブレイブは両目を見開いた。

 アステロイドは北に位置する街だ。防壁と水路が発達していて、街全体が星の瞬きのような形を描いていると聞いた事がある。

 サンライト王国の跡地からかなり距離がある。走っていくには日数を要する。

 ダークがほくそ笑む。


「ブレイブを倒せないと俺が確信を持てば、人質たちを殺させるぜ。ブレイブを逃がした時も同様だ」


 その場にいる多くの人間が戸惑う。

 そんな中で、アリアは深々と頷いた。


「なるほど。敵同士を戦わせ、味方を傷つけずにすむ。戦略としては間違っていない。だが、私にそれが通用すると思うのが大間違いだ」


 アリアが長剣を抜き放つ。

 ブレイブは慌てて両手をパタパタと振る。

「待ってくれ、アリア! 僕は余裕だ。お互いのために粘ってくれ!」

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