シルバー・レインの敵意
リベリオン帝国の南部地方に位置する森は、悲惨な有り様になっていた。多くの木がエリックのワールド・スピリットでなぎ倒されてしまった。鋭利な刃物で切られた木々は、無残に横たわっている。
そんな森の、わずかに残った木の陰に隠れて怯える男たちがいた。
作業場で人々に鞭打っていた男たちである。エリックの部下たちである。
「エリック様は無事だろうか?」
「誰か見に行けよ」
男たちは口を動かすが、身体がガタガタと震えるだけだ。
エリックの敗北は、リベリオン帝国中央部担当者のローズ・マリオネットに報告した。対応するからその場を動くなと、怒りを込められた口調で言われた。
「俺たちは助けてもらえるのか?」
率直な疑問を口にすると、余計に不安が広がる。ローズ・マリオネットは驚異的な戦力を誇るが、冷酷である。部下たちを庇って戦うのはエリックぐらいだろう。そのエリックが倒された今は、男たちを守る人間はいない。
いつ殺されてもおかしくない。
「……エリック様が助からないと、どうせ死ぬよな」
男のうち、もっとも大柄な人間が呟く。
鞭を握り、歩を進める。
「今までエリック様に頼りすぎた。助ける事ができたらめっけものだよな」
自分に言い聞かせるように呟く。他の男たちも同調するように、足を進めだした。
もうすぐエリックが連れ込まれた建物だ。
そんな時に、猛獣の咆哮が響いた。
「な、なんだ!?」
「この地域に猛獣なんていないはずなのに!」
男たちは身構えて足を止める。
咆哮は一つではない。
いくつもの低いうなり声も重なる。
猛獣は何匹もいるのだ。
勝てるはずがない。
男たちは近くの建物の陰に隠れた。幸い、まだ猛獣たちに気づかれていないようだ。
男たちは胸をなでおろす。エリックには悪いが、この場を離れるつもりだ。
しかし、そんな彼らの希望を打ち砕くように轟音が響く。
恐る恐る覗き見ると、建物の一つが、猛獣たちの突進や牙を食らっていた。建物は目に見えて軋んでいく。
そんな中で甲高い声が響き渡る。
「もっと、もっと早く壊しなさい! ブレイブを見つけ出し、エリックを守れない不甲斐ない人間と一緒に始末するのですわ!」
号令に応えるように、黒紫色の獣たちが咆哮をあげる。
猛獣たちの猛攻を食らった建物が轟音を立てて破壊される。
大量の土埃が立ちのぼる。建物の骨組みを作っていた太い木の柱も、跡形もなく瓦礫と化した。
男たちは、飛び散った砂粒を顔に浴び、全身の震えが止まらなくなった。
「シルバー様だ。俺たちも殺そうとしているな」
男の一人が現状を確認する。
他の男たちは頷いた。
「ローズ・マリオネットは怖いな」
「シルバー様は気が短いと聞くし」
彼らの願いは一致していた。
「エリック様、助けてくれ」
両手を合わせて祈るしかない。
破壊された建物とは別の建物から人影が出てきた。エリックが連れ込まれた建物だ。
助けが来たと信じて姿を現すか、身を潜め続けるか。
迷っていると、人影が声を張り上げた。
「なんでこんな事をしているんだ!?」
土埃が落ち着くと、声を張り上げた人影の姿がはっきりする。
白いローブを身にまとう茶髪の少年だった。
ブレイブである。エリックを倒し、男たちが途方に暮れる要因を作ったサンライト王国の王子だ。
シルバーや獣たちを、戸惑った表情で見渡していた。
「どうしてこんな酷い事をしているんだ!?」
「あら、いきなり話しかけるなんて無礼な人ですわね。まずは名乗りなさい」
シルバーの眼光が鋭くなる。猛獣たちも、茶髪の少年を新たな標的と定めて睨んでいる。
茶髪の少年の正体など分かりきっているのだろう。しかし、シルバーはあえて尋ねているのだ。
「エリック・バイオレットを倒したからっていい気にならないでくださる?」
「エリックの事はすまなかった。彼の言い分をろくに聞いていなかった事に責任を感じるよ。あ、そうか。まずは名乗れと言っていたね。僕はブレイブ・サンライト。サンライト王国の王子だった」
「あらあら、ご丁寧に。私はシルバー・レイン。リベリオン帝国東部地方担当者ですわ。ローズ・マリオネットの一員ですの。以後お見知りおきを」
シルバーは眼光をぎらつかせたまま微笑む。
胸が重苦しくなるような、暗い感情を込めた視線を向けている。エリックが発するような張り詰めた殺気とは違う。
禍々しい敵意を向けているのだ。
空気が淀む。その淀みに呼応するように、獣たちがうなる。
シルバーは右手で胸のブローチを握る。
「あなたたちのせいでエリックは酷い目に遭いましたわ。何度殺しても気は晴れないでしょう」
「君もバイオレットの事は聞いているのか」
「バイオレット……エリックが忘れられない女でしたわね。それ以上の事は知りませんけど」
「あれ? そうなのか。そういえば、バイオレットについて話した相手は殺していると言っていたな」
ブレイブは両目をパチクリさせた。
「彼と同じローズ・マリオネットなら、きっと話していると思っていたけど」
「あなたが何を知っているかなんて興味ありませんわ。私の言う酷い目とは、エリックがあなたに負けた事を意味しますの。エリックをどうしたのか話しなさい」
「そうなのか。エリックならこの建物にいるよ」
ブレイブが指さすと、シルバーが片眉をピクリとあげる。
「あなたを放っておいて、何をしていると言いますの?」
「ゆっくり寝ているよ」
「眠らされておりますの!?」
シルバーは悲鳴じみた声をあげ、両肩を震わせた。
「薬を使ったのか知りませんけど、ひどい辱めを受けたに違いありませんわ!」
「ただ休んでもらっているだけだよ! 眠らせたわけじゃない!」
「あなたを放っておいて休んでいるなんてありえませんわ! 私の可愛い獣たちに食いつくされなさい!」
ブレイブは必死になって弁明したが、聞く耳を持ってもらえなかった。
シルバーの号令に応えるように、黒紫色の獣たちが吠えてブレイブに襲い掛かる。
「こんな汚らわしい作業場ともども、跡形もなく消え失せなさい!」
「待ってくれ、少しは話を聞いてくれ!」
ブレイブは獣たちから全力で距離を取ろうと走るが、すぐに追いつかれるだろう。
うまく障害物を利用して、盾にするしかない。
ブレイブは建物の陰に走る。
そこには、エリックの部下である男たちがいた。
男たちは悲鳴をあげる。
「こっちに来るなああぁぁあああ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます