猛獣の猛威
「いったい何が起こっている……!?」
アリアが息せき切って建物から出て、破壊された建物を見て愕然とする。骨組みまで粉々にされ、瓦礫と化していた。
人間の力ではない。凶悪な猛獣たちの仕業に間違いない。そんな猛獣たちが野放しになっている。
猛獣たちは黄色い瞳を光らせ、逃げ惑う獲物に襲い掛かる。
男たちの悲鳴が聞こえる。しかし、ブレイブの声が聞こえない。
「ブレイブ様、どこですか!?」
アリアは長剣を構えて走る。エリックの見張りをしたいが、ブレイブの無事を確認する方が先決だ。
男たちは瓦礫や建物を盾にしてかわすが、盾となる物は猛獣たちの攻撃でどんどん破壊されていく。食い殺されるのは時間の問題だ。
メリッサも恐る恐る出て来るが、猛獣たちを目にしてすぐに建物に引っ込んだ。
猛獣のうち、ヒョウがアリアに狙いを定める。飛び掛かる速さが尋常ではない。
しかし、アリアの予測の範囲内であった。
「攻撃されると分かっていれば迎撃するだけだ」
長剣がヒョウの胴体を真っ二つにする。ヒョウは断末魔と毒々しい紫色の液体を放出させて、ドォッと音を立てて地面に伏せた。
アリアは長剣を勢いよく振り、付着した液体を地面に落とす。
紫色の液体は不気味しくボコボコと泡立ち、絶命した猛獣も地面も溶かしていく。
「猛毒を操る東部と言われているが、恐ろしい力だ。触れたら助からない」
アリアの背筋に悪寒がのぼる。ブレイブが絶命していたら、跡形もない可能性がある。
「ブレイブ様、どうか返事をください!」
「僕はここだよ!」
声のする方を振り向けば、片膝をつくブレイブがいた。
アリアは大急ぎで駆け寄る。
「お怪我は!?」
「僕は大丈夫だ。それよりこの人たちだ!」
ブレイブの視線の先には、倒れている男たちがいる。
「みんなで猛獣を二、三匹倒したけど、虎に噛まれたり熊に引っかかれたりしたんだ。治療をしたいけど、ヒーリングが効かないんだ!」
ブレイブの表情に焦りが浮かんでいた。
確かに男の怪我は治っていない。傷口が広がっているわけではないが、みるみるうちに顔色が悪くなっている。
そんな時に、甲高い笑い声が聞こえた。
黒紫色の馬にまたがるシルバーだ。
「獣たちの猛毒が効いていますわね」
「僕のヒーリングを上回るのか!? いや、そんな事より……」
ブレイブの両手が震える。
「君たちはリベリオン帝国の人間同士だろ。仲間じゃないのか!?」
「あら、役立たずと一緒にしないでくださる?」
シルバーが冷笑を浮かべる。
「私たちローズ・マリオネットは結果を出すまで力を付け続けましたの。その努力を怠るような人間と一緒にされたくありませんわ。エリックを守れないのなら生きている価値がありません」
「酷い事を言うんだね……せっかくの可愛らしい顔が台無しだよ」
ブレイブの頭は真っ白になっていた。襲い掛かる獣たちをアリアが切ってくれるが、いずれ体力が尽きるだろう。
シルバーは片手を口元に当てて高笑いをあげた。
「お上手ですわね! 敵に褒められたって、ちっとも嬉しくありませんわ!」
「すごく嬉しそうな顔をしているのに……」
ブレイブは倒れている男たちに視線を向ける。全員の呼吸が細く、青ざめた表情をしている。白目をむいている人間もいる。
男の一人がうめきながら、苦笑していた。
「……シルバー様の言う通りだ。俺たちはずっとエリック様の足を引っ張っていた」
「しゃべらないで! 体力の消耗を避けてくれ!」
ブレイブが声を掛けるが、男は笑う。
「本来なら役立たずとして、とっくの昔に命を切り捨てられていた。思い残す事はねぇよ」
「諦めるな! 目を閉じるな!」
声を出すが、ブレイブたちに勝算はない。猛毒の餌食にされるのは時間の問題だ。
シルバーは両手を広げて、無情な号令を掛ける。
「存分に恐怖を与えながら始末しましょう!」
「インビンシブル・スチール、クルーエルティ・フォレスト」
無情な号令が響く最中に、淡々とした声がブレイブの耳に入った。
一瞬聞き間違いを疑った。しかし、目の前の状況が大幅に変化する。
猛獣たちの足元が割れる。同時に、猛獣たち一匹一匹を囲うように、太さがまちまちな鈍い色の刃が勢いよく伸びてきた。不規則なおうとつのある刃で、植物の根を思わせる形状だが、それよりずっと強力だ。
そんな刃から不規則な細い棘が枝のように伸び、猛獣たちを絡め取り、地面から引き離す。
棘に囚われた猛獣たちは咆哮をあげて足元をばたつかせるが、身動きが取れない。
シルバーは両目を見開いた。
「これはエリックのワールド・スピリットですわね。どうして私の獣たちを……?」
「侵略行為だ、シルバー・レイン」
淡々とした声が響く。
くせっけのある銀髪を生やす美しい少年だ。寝間着を着ている。紫色の瞳は怒りでぎらついている。
エリックだ。周囲を見渡して溜め息を吐く。
「みんな猛毒にやられているのか」
「エリック様、死ぬ前にあんたに会えて良かったぜ」
男が涙目になっていた。エリックは表情を変えない。
そして、驚くべき事が起こった。
刃から生えた棘が、倒れている男たちの身体を貫いたのだ。急所は避けているようだが、大量の血が噴き出している。さきほどしゃべっていた男も気を失った。
ブレイブの身体が震える。
「エリック、どうして……?」
「猛毒に苦しみながら死ぬのはきついだろうから」
エリックは表情を変えずに答える。
「せめて毒は抜いてやる。弔えるかは分からないが」
「毒を抜いてくれたのか。それなら僕に任せてくれ!」
ブレイブは自分の胸をドンと叩いて男たちにヒーリングを掛けた。
優しい光が男たちを包み込み、みるみるうちに傷口を塞いだ。
エリックの両目が揺れる。
「助けたのか? こいつらは、あんたを鞭打ったと言っていたのに」
「そうだね、もうあんな目に遭うのは嫌だよ。君から言い聞かせておいてほしい」
エリックが両目を白黒させる。ブレイブが微笑み掛けると、曖昧に頷いた。
シルバーの瞳は怪しく光っていた。
「可愛い獣たちを封じられても、まだ手段は残っておりますのよ」
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