ゴッド・バインド
ゴッド・バインド。
ごく限られた血筋の人間が神から贈られたワールド・スピリットと言われる。
特定の人に対する忠義や愛情をもった生命が死んだ時に、死んだ者の魂が莫大なエネルギーとなる。
エリックは額に汗をにじませた。
「あいつの父親の魂がエネルギーになったのか」
数々の戦士や英雄を切り刻んできた鋼鉄をブレイブが殴る。それだけで、刃も棘も無残に砕かれていく。
ブレイブの息は荒く、足取りもおぼつかない。体力の限界が見て取れる。しかし、致命傷にほど遠いだろう。
ブレイブのダメージは、彼のワールド・スピリットであるヒーリングで瞬時に回復する。
倒すには、一撃で仕留めるしかない。
「……あんたの父親もゴッド・バインドを使ったな」
独り言がこぼれる。
ブレイブの父親を倒す前に、その配下の人間を大量に虐殺した。虐殺された人間の魂は、ブレイブの父親のエネルギーに使われた。そのせいで想定外の苦戦を強いられたと、リベリオン帝国中央部担当のローズ・マリオネットからお叱りを食らった。
ブレイブの父親を仕留めた攻撃は、シンプルなものだった。
頭と胴体を分離させる。それだけだ。
ブレイブが徐々に近づいてくる。鋼鉄の刃や棘を砕きながら、全身から血を滴らせながら、つんざくような雄たけびをあげながら。
エリックは両手でナイフを構える。
「傷の治りが遅くなっている。ヒーリングが間に合わなくなっているのか?」
ブレイブの雄たけびは嘆き声にも聞こえる。自らの傷の痛みか、祖国や父親の無念を想っての事か。
エリックの獲物を見る目は冷徹だ。
「拳だけが無傷に近いな……俺に攻撃する部位に全力を注ぐつもりか」
ブレイブが間合いに来た。
「うおおおおおおお!」
雄たけびと共に、なんの工夫もないストレートパンチがエリックに迫る。
そんな攻撃が当たるはずはなく、エリックは難なくかわし、ブレイブの左横に回る。
ブレイブの首筋に右手のナイフが刺さる。鮮血が噴き出す。首を刈り取り、生命を奪う。
その寸前で、ナイフが動かなくなる。
「な……!?」
エリックの表情に焦りが浮かぶ。
ナイフが刺さったまま強力なヒーリングが掛けられ、首も血も固められていた。ナイフは改めて力を入れないと動かない状態にされていた。
ナイフが大木の幹に囚われた時の感覚に近い。
エリックが右手のナイフを手放し、左手のナイフで追撃しようとした時に、エリックのみぞおちに重い一撃が入った。
常人ならすぐに昏倒する拳の一撃であった。
エリックがバランスを取る前に、ブレイブが頭突きをかます。
ブレイブは勢いそのままにエリックを地面へ押し倒し、馬乗りになった。
自らの首筋に刺さっているナイフを抜き放つ。一瞬だけ血があふれたが、ヒーリングですぐに止まる。
エリックは迎撃しようと左手を持ち上げようとするが、何者かに抑え込まれた。
アリアだ。いつの間にかアイテム・ボックスから出されていたのだろう。
「これ以上、ブレイブ様を傷つけさせない!」
アリアがエリックの両腕を、メリッサがエリックの両膝に全身で乗っかって全力で抑え込んでいた。
彼女たちは、鋼鉄の刃や棘が迫るのを鑑みない。エリックが動けるようになるには、力づくでどかすしかない。
「どけ!」
エリックがメリッサを蹴り上げる。
メリッサは悲鳴をあげて地面に倒れた。あとはアリアだけだ。
刃と棘が容赦なくアリアに突き刺さり、エリックから引き剥がそうとする。しかし、彼女が退く気配はない。彼女だけなら簡単に仕留められるだろうが、ブレイブのゴッド・バインドを強力にさせるわけにはいかない。悲願を託された仲間を大きな危険に晒してしまう。
逡巡するエリックの瞳に、決意を固めたアリアの顔が写りこむ。
「ブレイブ様のために全てを捧げる」
エリックは舌打ちをした。ブレイブに刺さる刃と棘が貫通できない。強力なヒーリングが掛けられているせいだろう。勝ち目がない。
「我が魂、リベリオンと共に」
ゴッド・バインドを使えるのは、サンライト王家だけではない。
リベリオン帝国の皇帝ルドルフもそうだ。
役に立たないのなら、魂を捧げてエネルギーになる道がある。ルドルフなら応えてくれるだろう。
自分が死ぬ前に、バイオレットを弔いたかったが、そうも言っていられないだろう。舌を噛み切れば、すぐに意識を失って死ぬだろう。
覚悟は決めていた。
しかし、ブレイブが思いっきり揺さぶるせいで舌を噛めずにいた。
「死なないでくれ! 死ぬくらいなら話を聞かせてくれ!」
ブレイブは意識していないが、エリックの頭は地面に何度も打ち付けられていた。
しばらくしてから、アリアが恐る恐る口を開く。
「……気を失ったようですね」
「そうか……悪い事をしたな」
ブレイブはエリックから手を放し、気まずそうに頭をかいた。
エリックは力なく横たわる。
鋼鉄の刃や棘は崩れ落ち、地面に溶けるように消えていった。
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